浅間山の裾、嬬恋村鎌原地区の観音堂
1783年の浅間山の大噴火の際、火砕土石流を逃れて観音堂に駆け上がった93名のみが助かった。50段有った階段は、15段を残して人家共々埋もれてしまった。
被害背景がイタリアのポンペイのそれと似ているため、東洋のポンペイといわれている。