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2018年8月 6日 (月)

長野原線(現 吾妻線)の支線、太子線の太子駅を復元

戦時下において、鉄の増産が急務となっていた1945年に日本鋼管の専用線として長野原線/長野原駅(現 吾妻線/長野原草津口駅)の枝分かれ線として北へ6Kmほど先の太子(おおし)駅までの太子線が開業しました。

終戦後に国鉄に移管され、鉄鉱石運搬の貨物専用線から旅客用にも使用されるようになるも、非電化路線でもあり営業悪化で1971年に開業から26年ほどの短い運用で消滅してしまいました。

廃線の遺構があちこちに点在し、「廃線マニア」には有名な路線ですが、最終駅の「太子駅」が整備復元されたとのことで訪れてみました。

大井川鉄道から譲り受けた貨車が構内に止まっています。

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「太子駅」は、鉄鉱石の積込み駅ということで、貨車に積込む巨大なホッパーが駅構内に有ります。当時は、3階ほどの高さが有った模様ですが、現在は1層分だけが残っています。

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こちらは、当時の終点壁です。新たに線路が敷設され、車止標識が新しくはめ込まれました。

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駅舎も復元され、現在は展示室として利用されています。

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施設に入ると当時の営業最終日である「45年10月31日」の切符が印刷された入場券に改札鋏を入れてくれます。

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現在、当時使用されていた同型の蒸気機関車をJRから譲り受ける交渉を進めているとのことですので、楽しみに待つことにしましょう。

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コメント

「線」の最終駅ってシミジミしちゃうのです。
でもここの線路って「ぐにゃり」と曲がっていないくて、いきなり壁でストップになっているのね?
九州で言うと「北九州市の門司港駅」とか「長崎本線の長崎駅」などが終着駅の線路が「ぐにゃり」が在り、見ました。なんだか不思議な感じです。
ああここで終わりなのだな。とね。

最近は人が少ない事意外に「災害」により復旧せずに廃線になることが在りますね。
とても残念です。
でも地名とは不思議で、「草津」と言えば草津温泉のイメージですが、私のココログ仲間には滋賀県だけど地名は「草津」という人がいます。

それに「太子駅」も、あの「たいし」かと思えば???「おおし」と読むとは・・

マニアが来るんですね?
だって展示館を作るほどだし、パンフと切符(記念)を配布してるんですもの。運営できるんだな。

あの・・・40円って切符に印刷して在るけど・・・その切符は40円じゃないですよね(実際は)

投稿: おさかな | 2018年8月 8日 (水) 17時04分

おさすなさん こんにちは。
線路の車止めの目印は何種類かあって、おさかなさんの言われているぐにゃっと丸くなっているものを正式には「第3種車止め」なんていっていて、私も雰囲気があって一番好きです。
そして、今回のコンクリート壁のような方式を「第4種車止め」といって、この駅のようにその先に駅舎や人の往来する通路・コンコースが有る場合に、万が一の場合は車輛を衝突させて守るようになっています。
単に、レールの上に枕木を番線(針金)で縛りつけてあるだけの物もありますよね。
こちらの施設は、200円の入場料でした。(裏面に正規の入場料が印刷されています。)
それにしても、当時は2駅を40円で利用できたんですね。

投稿: 浅間通信員 | 2018年8月 9日 (木) 09時02分

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