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2016年11月25日 (金)

真田氏ゆかりの寺 亀井山「東源寺」/沼田市

今回の寺は、真田信之と小松姫との間に次男として生まれた、真田信政の側室であった「浜松の局」の墓所がある「東源寺」です。

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今でいう隠居の住まいとしてこの寺に入りましたが、入山間もなくの3年後に亡くなっています。

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真田氏の多くの寺は曹洞宗なのですが、「浜松の局」が入ったこの寺は浄土宗です。この寺は、「小松姫」の墓所として有名な正覚寺の第六世・鉄山和尚の隠居寺として開山したため、正覚寺と同じ宗派である浄土宗ということのようです。

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「小松姫」の墓所正覚寺は葵の紋ですが、こちらは真田の六文銭が掲げられていました。「浜松の局」が入山する折、真田氏の資金によって大規模な改修がされたためと推察されます。

現在は、屋根の造りも当時の面影を残す様相とは変わってしまいましたが、真田氏の寺であるとの風格は今も忘れられていません。

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本堂の右隣には、稲荷が祀られていました。寺の境内に神社を祀っている所は「真田氏の寺」では珍しくありませんが、神仏分離の時代をどのように乗り越えてきたんでしょうかね。

この稲荷は、絹の産地である群馬県らしく、蚕にご利益があるということで知られ、ここをお参りすると質のいい繭が沢山採れたということです。

祠の中にはおびただしい数の狐がびっしりと祀られていました。

お稲荷さんは、農工商の守り神ということで、蚕を中心とした城下沼田の発展のために祀ったのでしようね。

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夫の真田信政は、兄の信吉とともに大阪の陣で徳川方として戦っていますが、兄弟の隊は豊臣方との戦いで苦戦をし退陣しています。

「浜松の局」の亡くなった翌年に父真田信之の跡を継いで松代の藩主となりましたが、わずか2年後に「浜松の局」の後を追うように亡くなりました。

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コメント

真田信政の父親は「信之」です。
昌幸は祖父。あと、(之)と(幸)の字も間違えないであげて。

投稿: 通りすがり | 2016年12月29日 (木) 09時07分

誤字のご指摘ありがとうございました。早速訂正させていただきました。
今年度は、公私共に忙しくなってしまい、返事が遅れてしまったことをお詫びいたします。
親子兄弟の名前が似通っているので、頭では理解しているつもりでも間違ってしまったようです。
信之の(之)と(幸)の使い勝手については徳川方に付いてから(幸)から(之)へと改名しているので時代を考えながら使っているつもりですが、どこかで間違っているかもしれません。ご了承ください。
そもそも、信之の方が信繁より後に生まれて弟だったという事も言われ始めてなかなか真実が掴めませんね。
今後とも「浅間通信員」をご愛顧くださいませ。

投稿: 浅間通信員 | 2017年1月10日 (火) 17時22分

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