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2016年10月

2016年10月30日 (日)

真田の酒 / 28 「眞田信繁」 信州銘醸

以前「信繁」という生原酒がありましたが、今回は純米吟醸の「眞田信繁」です。

正式名のフルネーム「眞田左衛門佐信繁」の名前がラベルに入っています。

大河ドラマ「真田丸」で、三谷さんは実名にこだわると思っていたので、「真田幸村」という名前になってしまってビックリしました。真田の「幸」の字にこだわったんでしょうね。

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早速の味ですが、一言でいえば「濃厚」といったところでしようか。コクのある小辛口でした。

ベタついた甘さではなく、スッキリとした甘さが感じられて呑みやすい日本酒でした。

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つや消し瓶に和紙のラベルということで高級感がありますね。

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2016年10月26日 (水)

真田氏ゆかりの寺 迦葉山「弥勒寺」②/沼田市

こちらが迦葉山の本堂です。徳川家康の祈願所となっていました。

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賽銭箱には大きな葵の御紋が刻まれていました。

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中雀門を抜け、迦葉堂へと向かいます。
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迦葉堂に到着しました。天狗の拝殿までは皆さん行くのですが、ここまで来る人はあまりいませんでした。

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迦葉堂の近くで美人の仏像を見つけました。いわれは不明でした。

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次に、この寺の元祖である開山堂です。このお堂の奥に「真田信利」の墓があります。

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信利の墓は、当初ポツンと草むらの中に誰の墓か解らないような状態で在ったようですが、今は歴代僧侶の墓所の片隅に祀られています。

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真田の栄光に水を差すようですが、「真田信利」を歴史から抹消する訳にはいきませんね。

1681年、信利は下記のような理由で幕府より沼田藩主を降ろされ山形へ移封されてしまいました。

     1 両国橋の普請木材の不足と遅延。

     2 農民を飢餓に追いやった。

     3 農民に酷い仕打ちをした。

     4 領民からの申し入れを取り上げなかった。

     5 検地を偽り石高を吊り上げた。

     6 家臣に乱暴な人事変更をおこなった。

     7 代々の家臣を無意味に追放した。

     8 行列の妨げをしたとして幼児を切り捨てた。

     9 贅沢をし、酒や女に溺れた。

     10 禁猟の迦葉山で猟をおこなった。

          などなど・・・。

悪のオンパレードですね。おかげで立派な五層の沼田城はこの翌年に取り壊され、堀も埋め立てられるという有様でした。事実上、沼田の真田氏はここで終わってしまいました。

「日の本一の兵」の中にもこのような人も居たという抹消できない事実です。

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2016年10月25日 (火)

真田氏ゆかりの寺 迦葉山「弥勒寺」①/沼田市

今回は、迦葉山「「龍華院弥勒護国禅寺」です。天狗の寺として有名ですね。

以前、沼田城の鬼門除けの寺「法栄寺」を紹介しましたが、その寺を.建立した真田信利の墓があるのがこの「弥勒」です。

まずはお寺の紹介から。

迦葉山の山麓にある大きな山門を横目に、つづら折りの車道を道なり走ることしばし、「千と千尋の神隠し」の冒頭を彷彿とさせるような雰囲気に不安がよぎります。

山頂付近にやっと「弥勒寺」が現れました。神聖な霊気が周囲を包んでいます。

まずは、拝殿から・・・。

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拝殿に入ると「ドーン」と大天狗が現れます。知らないと度胆を抜かすかも。

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参拝者と比較するとその大きさが解ると思います。四方八方から天狗に睨みつけられます。

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「お返し面」の山です。参拝を済ませた人はこの寺からお面を持って帰り、次回来たときにこちらに返します。参拝する度に持ち帰るお面が大きくなっていきます。

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拝殿の外には天狗の大うちわが・・・。あの大面にこのうちわ。どれだけの大天狗なんだ。ってことですよね。

物の本によると、「天狗は大魔王などと呼ばれ、角のついた鬼やその他の妖怪との格差を大きく広げ、それらよりもはるかに恐ろしい妖怪として魔界に君臨する」とうたわれています。無敵ですね。

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心を見透かされない内に次へ・・・。

拝殿の左手には立派な「鐘楼」が構えていました。

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真田信利のお墓は次回紹介します。

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2016年10月23日 (日)

真田の酒 / 27 「真田の六文」 千曲錦酒造

今回の「真田の六文」は、松代町の松代宮坂酒造プロデュースによるものです。

小瓶(300ml)と中瓶(500ml)のデザインが違っていたので両方購入しました。

中身も同じだと思っていたら、中瓶だけ純米仕込みでした。中瓶は細身の珍しいボトルです。ややもすると老酒のような雰囲気ですね。 

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     こちらが小瓶です。↓

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銘柄は同じですが、中瓶の方は「純米酒」ということで雑味がない感じですっきり感が増しているように思えました。

小瓶はスッキリ・サッパリしすぎていたので、半分熱燗にしていただいたのですが、熱燗にした方が不思議と辛味が増して美味しくいただけました。

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2016年10月22日 (土)

真田氏ゆかりの寺 妙智山「歓楽院 法栄寺」/沼田市

今回は、沼田城の鬼門除けの寺として建立した「妙智山 歓楽院 法栄寺」て゛す。

この寺は沼田城の北東方向の段丘崖の縁に位置しています。寺は当初、沼田市北の月夜野に在ったのですが、真田信之の孫である真田信利が「沼田城」の鬼門除けのためにと「幕岩城」跡の現在地に移築しました。

「幕岩城」は、「沼田城」より前に沼田に在った城で、沼田氏が「小沢城」→「幕岩城」→「沼田城」と勢力を伸ばしてきた城のひとつです。

後に戦国の紆余曲折を経て「沼田城」は真田の支配下になり、1600年に真田信之が五層の天守閣を築き天下の「沼田城」となりました。

五層の天守閣は、関東圏では江戸城と沼田城しかなかったことを考えると沼田の存在が大きかったことが解りますよね。

さて、お寺の紹介に移りましょう。

寺は、カーブの先にいきなり現れ、思わず通り過ぎてしまいました。その先の道路がいきなりのキツイ下り坂。つづら折りを下まで行き、引き返してきました。流石にすごい崖の縁に在ったことが体感できて良かったかもしれません。

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参道入口に二体(一対)の石像がありました。

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お地蔵様はわかったのですが、こちらは? 以前は何か胸に持っていたようですが・・・。

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参道両脇には沢山の石像が並んでいました。

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本堂に着きました。「真田観音」と呼ばれているそうです。

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こじんまりとしたお堂ですが、本尊の「千手観世音菩薩座像」は、沼田市指定の重要文化財となっています。

残念ながら年2回ほどしか御開帳していないため、通常は逗子しか見ることができません。

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本尊が千手観音らしく入口には「施無畏」の扁額が掲げられていました。

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この観音堂を建立した真田信利。さぞ立派な武士と思いきや、真田氏の中でもトラブルメーカーだったらしく、あまりの悪政に住民による江戸幕府への直訴によって藩主を降ろされています。

真田氏の歴史の中にもそんな人がいたんですね。.

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2016年10月20日 (木)

真田の酒 / 26 「真田」 信州銘醸

今回の「真田の酒」は、ズバリ「真田」です。和紙を使ったラベルで存在感がありますね。

ネックには「真田 日本一の兵」とうたっています。

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日本酒度が+2~+3ということですから中辛といったところでしょうかね。

旨み・甘み・コクがそれぞれ感じられるので、辛味はさほど気になりませんでした。

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北村商店の企画限定酒なのでどこにでも手に入るお酒ではありません。ラベルには、限定吟醸酒となっていました。

信州銘醸とのコラボということで間違いのない仕上がりとなっています。

※毎回紹介しているお酒は、ブログアップした時と味わった時期とは一致していない場合があります。製造年月日の近辺で試飲しているとお考えください。

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2016年10月19日 (水)

真田氏ゆかりの建物 「松代藩文武学校」②/松代町

前回に引き続き「松代藩文武学校」の後編です。

真田氏のことがいろいろと解ってくると領地の住民を大事にし、寄り添って生きた武士なんだなと思ってきました。

年貢の取り立ては甘く、殺生を伴う武士でありながら仏門に精通し、学問を家族や家臣にとどまらず住民にまでも環境を提供するなどなど。

真田は急造あしらいの少数の兵でありながら何故大群の兵を押しのけられるほどの高い士気があったのか。

これは、家臣や住民の真田氏に対する信頼関係以外考えられませんね。また、戦で手柄を立てると懸賞まで与えたといいます。

今旬の「都民ファースト」は、遠い昔に既に真田氏は実践していたということですね。

上司と部下のより良い信頼関係は、いい仕事に繋がり、それはボーナスという対価として反映する。というように、現在も変わりがないですね。

前置きが長くなってしまいました。こちらが、弓道場です。

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そして、外部の遠的場の様子です。奥に安土が見えます。

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まるで、江戸の町に紛れ込んだようです。

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映画の撮影などにも使われるそうです。なにせセットではなく、本物ですからね。

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倉の拡大です。美しいですね。

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奥が学校から見た「文武学校」の冠木門の正門です。

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この「文武学校」の隣が現在の小学校となっています。

小学校を建てる時にこの施設を取り壊さなかった松代の人達が素晴らしいと思いました。

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2016年10月17日 (月)

真田氏ゆかりの建物 「松代藩文武学校」①/松代町

真田の江戸屋敷に設けられていた文武舎を基本とし、松代城下の若者にも教育の場を提供しようと江戸に遅れること二年、松代城下に「松代藩文武学校」が開設されました。

全国的にも藩で設立した純粋な「文武学校」は珍しく、さらに創設当時のまま残っていることも他にないということで、この施設は国の史跡として保護されています。

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昭和の初期まで学校として使用されていたということです。

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この座敷には座り机がずらりと並んでいたんでしょうね。

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建物の中には囲炉裏の部屋もありました。

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こちらは「剣術所」で、今でも稽古や大会に使用されているということです。天井梁が見事ですね。
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次回も続けて紹介します。

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2016年10月15日 (土)

真田の酒 / 25「日の本一の兵」 橘倉酒造

「日の本一の兵(ひのもといちのつわもの)」といわれた真田信繁。

そんな信繁の限定酒が売られていたのですが購入することができませんでした。

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売り切れの事実を知ったのはこの限定酒を販売していた佐久市の「橘倉酒造」の店頭でした。残念ながら、特別に仕立てられたごく少量の限定だったようでした。

しかし、酒蔵の方がこのお酒を限定酒用のラベルに張り替えた物です。と、差し出して教えていただいたお酒がこちらです。

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なんと、私のブログタイトル「浅間」ではありませんか。即座に購入したのは言うまでもありません。

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中身は同じということで早速いただいてみました。

「辛口純米」とうたっているだけあって辛口ではあるのですが、大辛口の呑みづらいものではありませんでした。.

寒くなった昨今、ちょっと熱燗でもいただいてみましたが、ちょっと辛さが引っ込んで辛口が苦手な人にはいいかもしれません。

しかし、ちょっと冷めてくるとたちまち辛さが顔を出してきて流石に「つわもの」です。

純米仕立てだけあって、コクや旨みが辛さと調和し、美味しくいただきました。

また限定発売してくれないかな~。

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2016年10月14日 (金)

真田氏ゆかりの寺 住言山「前松寺」/上田市 上室賀

大河ドラマ「真田丸」にて 「黙れ小童~」 という台詞が戦国の時代では隠れた存在であった「室賀正武」を世に知らしめました。

今回の「真田氏ゆかりの寺」は、真田氏そのものの寺ではないのですが、真田との関わりでは切っては切れない室賀氏の寺を紹介します。

千曲川を挟んで上田城の対岸に室賀の地があります。その山裾の上室賀地区に「松前寺」は在りました。

山門は、城門のような重厚なものでした。

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真田の寺の多くが禅宗派の曹洞宗であるように、室賀氏の寺も禅宗でした。

寺紋は、丸の中に上という字が書かれた「上文字紋(じょうもんじもん)」で、紋の種類の中でも寺に使われる上の字の右上の横棒が上を向いた「上げ上(あげうえ)・上文字紋」が使われていました。

この紋は、村上義清派の紋で「室賀氏」をはじめとして屋代氏・清野氏などが使っているとのことです。

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六地蔵が寺の山門前ではなく、墓地の入口に並んでいました。

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「室賀正武」の墓は、寺の裏山に祀られていました。

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この墓の正面の山には室賀氏の城である「笹洞城(ささぼらじょう)」別名「室賀城」があり、真田氏と同じように自分の領地を一生懸命に守っていたということです。

ともすると悪者のような扱いをされそうですが、真田氏と同じ上田地区の国衆でした。家康に振り回されて領地を守りきれず、結果的に悲運の死を遂げてしまったことを無念に思っていることでしょう。

皮肉にも今日本は、世界的に見ても内戦をふくめて長い間戦争が起きていない国として平和な世となっています。戦乱の世を生きた「室賀正武」は、この墓からの景色を見て、どんな思いでいることでしょうか。

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2016年10月12日 (水)

真田の酒 / 24「沼田城」 大利根酒造

以前紹介した「上田城」と「沼田城」では沼田城が小松姫の限定バージョンラベルだったため、改めて正規の「沼田城」ラベルを紹介します。

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こちらが販売元の大利根酒造です。

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各酒蔵から販売されている「真田の酒」シリーズの城ラベルは、「岩櫃城」「沼田城」「真田城」「上田城」「松代城」そして、「真田丸」があります。

以上は日本酒ですが、焼酎では「岩櫃城」と「砥石城」があります。残念ながら「砥石城」は、季節限定のため、既に売り切れとなっています。来春紹介できるかもしれません。

シリーズで紹介していない「真田の酒」はまだまだ沢山あります。戦国武将No1の人気だけあって結構いろいろあったんですね。勿論、急遽の便乗もあったりはするんですが。

一部のファンだけだった「真田の酒」たちは、「真田丸」でやっと日の目を見ました。

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2016年10月11日 (火)

真田氏ゆかりの寺 智徳山「成孝院」/沼田市

前回「真田氏ゆかりの寺」で、弟の真田信武を殺害した兄の真田信守の墓のある「慈眼山 舒林寺」を紹介しました。

今回は、その殺された弟の墓のある「智徳山 成孝院」を紹介します。

兄弟でありながら兄の信守の墓は真田の菩提寺、片や弟の墓は真田の菩提寺ではない寺に葬られています。

以前から紹介していた「真田氏ゆかりの社寺」は全て「六文銭」の掲げられたものでしたが、この「成孝院」は「一文字三つ星」紋の寺で、信武が何故この寺に葬られているのか奥の深い曰くがあるようです。

参道の両脇には無数の仏像がずらりと並んでいました。

開基当時は、この参道に「山門」「鐘楼門」「透門」と立派な門が3つ連なり、「成孝院の三門」といわれて有名だったのだそうです。残念ながら全て焼失してしまいました。

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こちらが本堂です。屋根の棟の真ん中には「六文銭」ではなく、「一文字三つ星」の紋が掲げられています。

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本堂の入口に「施無畏」の文字が・・・。

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「施無畏(せむい)」とは、「菩薩  が生あるもの全ての、恐れの心を取り去って救う」・・とか。

この言葉は殺害された「真田大学信武」そのもの、と思いました。

こちらが「真田大学信武」の墓です。名前に「大学」が入っていますが、奇しくも沼田の地で初めて寺子屋の設けられた場所がこの寺。沼田の地の学校の発祥の場所なんだそうです。

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唯一真田の寺以外に葬られた「信武」ですが、墓石にも六文銭は見当たりませんでした。

騒動は、家臣の切腹にまでに及ぶ大惨事だったようですが、記録は全く残っていません。よって、どんな理由があったのか知る術がありません。

まさか、この時代になって蒸し返されるとは思わなかったことでしょう。真田の幟まで掲げられてますからね。お騒がせしました。

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2016年10月 4日 (火)

真田の酒 / 23「九度山 真田の隠れ酒」 初光酒造

前回に続き九度山の「真田の酒」です。今回は、和歌山県紀の川市の初光酒造の「真田の隠れ酒」です。

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「真田の酒」は六文銭の紋の入ったラベルは珍しくないのですが、「結び雁金」の紋は珍しいですね。

「雁に手紙を結んで伝書バトのように使った」という古事が有るそうですが、九度山から故郷の信州へ手紙を送ったと考えるとロマンチックですね。

雁は、飛ぶ姿が矢に例えられるため武家に好まれたということです。武家に好まれた動物や植物を使った家紋は沢山有りますが、それはまたいつか・・・。

さて「九度山 真田の隠れ酒」のお味はいかがだったでしょうか。

やはりまろやかな味わいでした。クイクイいただけちゃいます。純米酒ということで雑味が無いためにスッキリしているのかもしれませんね。

前回の「真田忍び」より酸味があるかも知れませんが、それが良いバランスに貢献しています。

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「真田」にちなんだ日本酒や焼酎がまだまだ沢山あります。お楽しみに・・・。

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2016年10月 3日 (月)

真田氏ゆかりの寺 慈眼山「舒林寺」/沼田市

真田信之の孫である真田信守(真田信政の次男)は、弟の信武を争いの末に沼田城内において殺害し、その後自らも自害してしまうという騒動を起こしています。

争いを止めに入った家臣の佐久間善八も巻き添えで殺されてしまうという惨劇でした。沼田城の異質な記録として語り継がれています。

その真田信守の墓のある沼田城下の「舒林寺」に行ってきました。

参道の入口には真田ゆかりの地にはお決まりとなっている六文銭の幟旗が掲げられていました。

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新しく設けられた山門がデンと構えています。

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本堂へと歩を進めると大きな屋根が見えてきました。

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見事な屋根の本堂全景です。

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見事な唐破風ですね。

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右側が真田信守の墓です。17歳という若さで人生を閉じています。

そこまでの騒動を引き起こす原因は何だったんでしようね。

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2016年10月 2日 (日)

真田の酒 / 22「九度山 真田忍び」 初桜酒造

「真田丸」の舞台もいよいよ上田から九度山へと変わりました。

今宵は、そんな舞台の酒「九度山 真田忍び」をいただくことにしました。

和歌山県伊都郡の初桜酒造の純米吟醸で、ラベルが斜めの粋なデザインでした。

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箱から取り出すと、更に綺麗にパッケージされていました。わくわく感が増す感じです。

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まず一口。

実にまろやかです。トロミさえ感じるようでした。今まで長野・群馬の「真田の酒」をいただいて、大方が共通して辛味が感じられたのですが、九度山の酒はスッと喉の奥に落ちていきました。

私の好みは、辛口でなくこのお酒のようなオーソドックスな味が好みなのかなと再認識しました。

口の中で麹の風味も感じられ、いつになくちょっと呑みすぎてしまいました。

九度山に移った真田一族は、質素な生活を送っていて、信州の昌之に焼酎を送ってほしいとまで手紙を書いていたと言いますからこんな美味しい日本酒を呑ませてあげたかったですね。

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