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2016年9月 1日 (木)

真田氏ゆかりの地 / 犬伏の別れ 「新町薬師堂」

NHKの大河ドラマ「真田丸」もいよいよ「犬伏の別れ」のくだりへと物語が進んできました。

事は徳川家康に反旗をひるがえした上杉景勝の会津征伐に始まります。

関東一円の諸大名に会津征伐の出陣令が下り、当時徳川に付いていた真田軍も一端上田城・沼田城に帰って軍をまとめ、徳川軍に合流すべく下野に向かいました。

上田城から出陣した真田昌幸・信繁の軍勢は、先行する沼田城からも出陣した信幸の軍勢と合流するべく急ぎました。既に江戸城を出陣し、先発していた徳川軍にもう少しで追い着くというところで日も落ち、例幣使街道の犬伏で宿をとることとなりました。

宿とした犬伏の大庵寺に到着すると、石田三成からの密使が昌幸の元へ到着しました。なんと、徳川家康が大阪城を留守にした隙に徳川家康を討ち取るために挙兵したということでした。

真田昌幸に届いた密書の内容は、徳川家康を討ち取るべく旗揚げしたので我が石田三成軍に加勢してもらいたいというものでした。

困ってしまった真田昌幸は、先行していた信之に使者を出して呼び寄せると真田昌幸・信幸・信繁の親子3人で身の振りの密会をおこないました。

極秘の密会を開くため、大庵寺のすぐ近くに在ったお堂を選びました。それが今回紹介する「新町薬師堂」です。

「新町薬師堂」は、「例幣使街道」現在の75号線沿いの「米山古墳」の裾に在りました。

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ここで、真田氏の歴史上でのターニングポイントとなった重大な決断がおこなわれました。俗にいうあの有名すぎる「犬伏の別れ」ですね。

指定駐車場に車を停め、早々お堂に上がってみました。

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お参りを済ませ、ふと横を見ると新町薬師堂の薬師さんの「御姿」が箱に入っていました。「御姿」を希望の方は、100円を賽銭箱に入れてくださいということで早速頂くことにしました。こちらが「御姿」です。

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この薬師堂の中で親子3人が朝方まで激論したということなんですね。感無量です。

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お堂の中を見てみました。12畳ほどの広さがありました。

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そして、こちらは有名な「犬伏 新町薬師堂 密談図」です。「上田市立博物館」所蔵ですが、現在各地の「真田展」で特別展示されているため、当の博物館は複製が掲げられています。

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激論の末、父昌幸と次男の信繁は石田三成の西軍に、そして真田家の嫡男(長男)である信幸は徳川家康方の東軍に付いて敵同士として戦うこととなりました。

信幸は、徳川家康の養子となった本多忠勝の娘である小松姫との婚姻関係があるため、徳川家康を敵にすることはできませんでした。そこで、昌幸はどっちが勝っても負けても真田家の血縁を絶たぬようにと双方に分かれる苦渋の選択をしました。

この時点で、実質的に親子兄弟が最後の別れをするという究極の状態となってしまいます。

大河ドラマ「真田丸」の大事な山場です。どんな演出となるのか今から楽しみです。

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