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2016年8月22日 (月)

真田氏ゆかりの城 / 丸子城

徳川軍は、第二次上田合戦において上田城攻めに手こずり、結局攻めきれずに諦めて最終的な目的地の関ヶ原に向かおうとしましたが、ここで更に徳川軍の行く手を阻み進軍を遅らせた城がありました。

それが「丸子城」です。徳川と、この「丸子城」との因縁は第一次上田合戦にさかのぼります。

徳川に「沼田城」を明け渡すことを断った真田昌幸に対し上田城攻めの第一次上田合戦が勃発しますが、徳川軍は苦戦して落城できないために矛先を「丸子城」に移して攻撃しました。

しかし、この「丸子城」も真田氏の出城、そう易々と落とせる訳がありません。あらゆる手を尽くすもどうにもならない所に上田城からの鉄砲隊の追撃に苦戦し、城下の民家に火を放って真田群の追撃を拒みました。その間に徳川軍は逃走退陣したということです。

そしてその第二次上田合戦。上田城を攻めきれず関ヶ原に向かった徳川軍でしたが、中山道の和田峠への途中にこの「丸子城」があり、この地区を通過するにあたり、苦い戦いの記憶がある「丸子城」の反撃を恐れた徳川軍は「丸子城」を避けて山の中の回り道を余儀なくされ、相当手こずったとのことです。

徳川秀忠が関ヶ原に遅れた理由がいくつか挙げられていますが、実はこの「丸子城」の存在もその理由の一つにあったようなのです。

そんな歴史に隠れた城「丸子城」に行ってみました。

駐車場からの入口(登山口?)です。お決まりの真田丸の幟が掲げられていました。

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この坂道の一段上の平地は公園になっていますが、上田城に仕えた家臣の根小屋だったということです。

公園を通過し、いざ城へ。

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何処かの山城で見た道の風景にやな予感。

案の定の険しい山城に汗みどろで二の丸に到着しました。

二の丸の跡地には見張り櫓が再現されていました。馬の背のような砦の両脇は依田川と内村川に削られた絶壁となっていて鉄壁の要害です。

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櫓から前回紹介した「虚空蔵山」が確認できました。

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二の丸の砦で風に当たって一服し、本丸へと向かいます。いったん下りますが更に本丸へと繋がる急こう配の道が繋がっていました。

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やっとのことで本丸に到着。この写真の左に「あづまや」の休憩所が造られていてゆっくりと休むことができました。傍らに井戸の遺構があり、飲物を持ってきていないことを後悔することしきり。

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徳川が向かった先の景色です。右方向が和田峠です。

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真田氏の里の方向から見た「丸子城」の山です。

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実はこの「丸子城」は、最初から真田氏の物ではありませんでした。

そもそもは、.この領地を取りまとめる依田丸子氏の居城だったのですが、当時徳川方だった真田氏が北条方だったこの「丸子城」を攻め落とし、以後真田氏の配下になったということです。

その戦(いくさ)が、真田信繁の初陣だったのだといいますから、ここが真田信繁の原点であるかも知れません。

徳川は、自分の家臣が落城した「丸子城」に結果的に散々苦しめられてしまいました。

徳川の真田に対する気持ちは想像に難くありませんな。

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