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2016年6月22日 (水)

真田氏ゆかりの地 潜龍院跡/東吾妻町

1582年、武田勝頼は織田の勢力に押され、さらに家臣たちの裏切りなどもそれに拍車を掛け、ついには天目山(山梨県田野村)で自刃し、名門武田家は絶えてしまいます。

武田信玄の家臣であった真田昌幸は、武田勝頼を群馬県の岩櫃山の裾に用意した御殿に向かい入れようとしましたが、ついにたどり着くことができませんでした。

こちらは昌幸が用意した御殿の寅口跡あたりです。

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真田昌幸は信玄への忠誠の証として勝頼の御殿を3日で築造して用意したという言い伝えがあります。上野の地で復活を祈っていたので、さぞ落胆したことでしょうね。勝頼が上野の地に腰を据えたら歴史が少し変わったかもしれませんね。

この御殿は、「古谷御殿」といわれていましたが、主(勝頼)が使わなくなってしまった建物は後に真田氏一族の山伏の寺(忍者寺ともいわれています。)として使われるようになり、その寺名を潜龍院としたため、現在の跡地もその名が使われています。

現在は石垣とその横の広大な平地の跡地のみとなっています。

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上の写真の奥側からの見たようすです。平地の端(写真の背中側)は土塁があるそうです。

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そして、この御殿の北側にはかの有名な岩櫃山がそそり立っています。

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潜龍院は現在、原町駅近くの顕徳寺の護摩堂として移築されています。

そちらは改めて紹介します。

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