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2016年2月14日 (日)

上州の真田領地 「沼田城」跡

日本の真ん中に位置した真田氏の領地「沼田城」は、周辺諸大名が領地争奪の要として欲しくてたまらない地だったようです。

沼田市は何度となく訪れたことはあったのですが、この「沼田城」跡地の沼田公園に訪れたのは初めてでした。

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園内に入るとすぐに本丸の跡地がありましたが、現在はその形跡は無く、当時の様子を想像することすら出来ません。

最終的に江戸両国橋の木材の搬出が遅れたことが幕府の逆鱗に触れ、沼田城取り壊しとなってしまったそうです。沼田城の取り壊しとなった材料が橋の材料となってしまったのでしょうか?。どこかの国の将軍様みたいで怖いですね。

ここには立派な五重の天守があったそうなのですが、再建しないでしょうかね。

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本丸跡地の背面に初代城主の真田信之(信幸)と小松姫夫婦の石像がありました。

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城跡の奥手には城郭の石積跡が残っています。

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石積みの外は絶壁となっていました。

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ここが敷地の中で一番眺めがよく、敵の侵入を阻んだ典型的な崖城であったことがうかがい知れます。

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その昔、壮大なドラマが展開されたんですね。

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コメント

お城っていいですよね。どこか古の郷愁を誘います。たかだか木材の搬出遅れで城取り壊しとは何ともふざけた話だと思います。五重の天守閣、見てみたいです。そう言えば江戸城の天守閣も火災で喪失して以来再建はされてないですね。

投稿: 山の風 | 2016年2月16日 (火) 22時05分

山の風さん こんにちは。
江戸から明治への転機の時代は、「廃城令」があったように城の歴史的価値より中央を脅かす軍事的な施設を無くしたいという思いの方が強かったようですし、城を維持する資金の調達が経たれてしまったため、老朽化してしまった城は解体してしまったようです。まして、火事などで焼けてしまえば尚更ですよね。
廃仏毀釈や美術品の海外流出など、時代政策や美術品の価値観の希薄さなどが今となってはどうしようもない結果となっています。
近年、豊かになった日本にようやく遺産意識が芽生えてきていましたが、海外に目をやれば紛争地帯の遺産破壊が後を絶ちません。
遺産保護は観光事業のほかは生活には一切関係ないため、生活が豊かな地域にしか根付かないようですね。
城の再建なども税金の一部を切り崩していかなくてはならないため、難しい事業ですよね。

投稿: 浅間通信員 | 2016年2月17日 (水) 17時48分

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