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2014年5月25日 (日)

吾妻線の記録/205 川原畑村の発掘現場を見学

川原湯の川原畑地区で実施されている川原畑村(旧名)の発掘現場を見学させていただきました。

と言ってもピンとこないと思いますが、実はこの川原湯の川原畑地区は天明3年(1783年)に発生した浅間山の大噴火の際に泥流で埋没してしまい、最近まであった住居や畑はその上に再建されたものだったのだそうです。

奇しくも今般の八ッ場ダム建設に伴いこの地域の移転がおこなわれたため、ダム完成後の水没前に大規模な発掘調査が群馬県埋蔵文化財調査事業団により急ピッチでおこなわれていました。

発掘現場はかなり広い範囲でおこなわれていて、段々畑の石積みや住居跡が発掘されていました。畑にはうねまでリアルに残っていてビックリしました。

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こちらの現場責任者の方に案内と説明をしていただきました。お世話になりました。

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230年以上前に埋没した民家跡の傍らからは石臼が出土していました。このリアルさには驚いてしまいました。

石臼は全部掘り出さず、出土したままの姿でキープされていました。

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沿線に撮影に出掛けた際にこの現場は以前から気になっていたのですが、今回の見学はいい勉強になりました。

この場所では4軒の住居跡が出土したそうですが、今後はもっと広い範囲での発掘が実施されるとのことでした。

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この川原湯の川原畑村はその昔噴火による泥流で一度埋まり、そしてさらにダム建設後にはまた水没してしまうので、この非情な現実に複雑な気持ちになってしまいました。

この発掘現場の傍らをあと僅か4か月の運行となってしまった吾妻線上を115系が通過していきました。

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