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2013年8月19日 (月)

吾妻線の記録/77 「第3吾妻川橋梁」

久々の鉄分補給に出掛けてきました。

「川原湯温泉駅」周辺を走っていると前回まで有った民家が解体されて無くなっていました。

水没地域は次々と構築物が無くなっています。

「第3吾妻川橋梁」に隣接していた民家が無くなったので吾妻線の撮影は容易になりましたが、所有者の心情を察すると複雑な気持ちになりました。

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民家や旅館、食堂、ドライブインなど沢山の建物や施設が無くなって何年も経過していますが、何年もの間この状態で営業を続けている「川原湯温泉駅」が可哀そうになってしまいました。

吾妻線の切替は寂しいですが、早期に切替移転して再建がスムーズに進むといいですね。

  ※8月27日追記

    最近この撮影場所は、ローピングされて立ち入れなくなっています。

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鉄道」カテゴリの記事

コメント

鉄橋を渡ってくる列車を正面から撮れる場所なんて、そうはないですよね。渓谷の中にかかるあの鉄橋でしょうか。最後はの一枚はド迫力ですね。
昔を知らないのですが、すでに多くの建物が移転したり解体されているのですね。工事期間が長くなれば、それだけ営業されている人には深刻ですよね。川原湯温泉も最終的に移転されるのでしょうか。

投稿: Nao | 2013年8月19日 (月) 22時15分

Naoさんこんばんは。いつもご訪問ありがとうございます。
現在殆どの民有地は国に買い上げられているため、今回のように建物が無くなった場所での撮影ができるようになりました。
今まで空家ではあったものの建物があると、民有地ではないにしても抵抗があって撮影に立ち入ることが出来ませんでしたが、完全に更地になったため今回撮影ができました。
切替前に真正面からの撮影ができるとは思ってもいませんでした。
以前はこの場所だけでも道路の両側に民宿や民家が信号までびっしりと埋まっていました。全て更地になってしまい当時を想像できないほどの過疎になっています。
移転数は沿線で500軒ほどだそうです。現在の過疎状態から想像できますか?
現在の渓谷や川原湯温泉地内の駐車スペースや更地はほぼ100%建物があった場所です。
信号から川原湯温泉の頂上までお土産屋や食堂、民宿、旅館、ホテルと沢山の建物が隙間なく存在していたのですが、そのほとんどが廃業や移転で更地になってしまっています。
信号の角には、「ふるさと」という食堂があって各客席まで機関車でオーダーを運んでくれました。
川原湯温泉の移転地へは何軒かの施設の移転は行われるようですが、その殆どが廃業しているとのことなので残念です。新しい川原湯温泉が発展していくといいですね。

投稿: 浅間通信員 | 2013年8月20日 (火) 00時16分

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