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2013年7月15日 (月)

草軽電鉄 古地図入手

以前より「草軽電鉄」の廃線跡を訪ねてみようと思っていたのですが、正確なルートの地図がないために一部あやふやな部分があり、「草軽電鉄」を落とし込んである当時の古地図を探していました。

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最近、幸運にも同じ地図会社で製作された同縮尺の「草津」と「軽井澤」の古地図が手に入ったため、全線の正確なルートを知ることができました。

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昭和27年に最終修正された地図なので、時代的にもちょうどいい地図です。

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これで納得のいく廃線訪問が出来そうです。時間は掛かると思いますがいずれ紹介できる時が来ると思います。

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こちらは、14日の旧軽井沢銀座入口です。当時この右手手前に「旧軽井沢駅」があり、線路は左に進んで「三笠駅」へと繋がっていました。

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コメント

こんばんは。草軽電鉄は、僕の中では不思議な鉄道でどうやって、あの標高差を登っていったのか、と思っています。
是非、ルートの探索を頑張ってください。

投稿: たーぼぅ | 2013年7月15日 (月) 17時54分

たーぼぅさん こんばんは。
大体のルートは把握していたのですが、今まで細かい部分の不確かなところがあってスッキリせず、腰が上がりませんでした。
ルートは結論からいうと、車だと小回りでつづら折りを登っていけますが電車だとそれが出来ないのでかなり大きく迂回して標高を稼いでいます。
旧軽井沢の三笠駅から一段上に上がるだけでも一旦中軽井沢の離山まで行って引き返しています。
トンネルを掘る資金も無かった当時のことですから、やまの等高線をなめるように行ったり来たりして中軽井沢まで登っています。
今、このルートの電車があったらかなりの観光集客が見込めるのではないかというくらい浅間高原を満喫できるすばらしいコースです。
しかし、こればかりはしょうがないですよね。

投稿: 浅間通信員 | 2013年7月15日 (月) 20時16分

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