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2012年6月11日 (月)

満州事変の鉄道

時は日露戦争の勝利により、ポーツマス条約で後の満鉄となる部分を日本政府に権利譲渡したところから話は始まります。

譲渡された鉄道施設を日本は南満州鉄道として開発し営業を始めます。しかし、中国国内の反日感情は根強く、連日、日本人に対して抑圧、略奪、そして殺人と日常茶飯事で事件が絶えなかったのだそうです。

そして、大事変のきっかけとなった事件が起きてしまいます。関東軍の中村大尉ほか数名が虐殺されてしまい、軍はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまいました。

そして、中国軍により南満州鉄道が爆破されたということを理由に、関東軍の進軍が始まります。その威力は激しく、またたく間に広大な地域を統治してしまいました。

しかし、この鉄道の爆破は自作自演だったということを今回の機会で知りました。反撃のきっかけを作りたかったんでしようね。

さて、本題に移りますが、この満州事変の速報写真と解説を、国際情報社という出版会社の「国際写真情報」という情報誌で、「満州大事変画報」の特別号を創刊していて、その現物を入手したので紹介します。

鉄道ファンとしては、他国で日本の鉄道技術を発展させた歴史の経緯に興味を持っていたのですが、入手してみると知らないことばかりで驚きました。

また、この鉄道を使って大事変の優位な進軍をした事も大変興味の持てるものでした。

こちらが、満州事変の勃発した昭和6年に創刊された大判の「国際写真情報」誌です。

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こちらは、裏表紙です。、「国際写真情報」というだけあって、英語の解説も多い本です。

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満州事変の進軍は、こんな装甲列車を使ってたんですね。それも迷彩色の機関車と装甲車両です。初めて見た記録でびっくりしました。

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最後尾は、大砲まで搭載しています。外国の列車砲は見たことが有りましたが、日本軍にも列車砲のような装備が有ったんですね。

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おまけに、こんな鉄道装甲車まであったようです。なんともかわいらしいですが、事が戦争ですからそんな不謹慎な事は言えないですよね。

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日本の写真も掲載されていました。満州への増兵のため、列車で出兵するところの様子だそうです。解説では、駒沢付近とありました。

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最後に、南満州鉄道の地図が載っていたので紹介します。

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今回、色々な過去の歴史の事実を知ることが出来たのですが、鉄道は、故郷への帰省や楽しい旅行など、平和に利用してもらいたいものですね。    

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