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2012年6月

2012年6月29日 (金)

追憶 「屋代線」/2

廃線後の屋代線。その後の様子が気になるところですが、紹介する写真は廃線から9日目の様子です。

こちらは大室駅横の踏切ですが、電車も走っていないし、踏切の機能は無いのですが、まだ半数くらいの車がきちんと一時停止していました。

すでに遮断機と警報機は外されて傍らに横たえてあり、そこに代替えの路線バスが駅の横を通過していきました。屋代線がどんどんと過去のものになっていくような気がして、なんとも寂しい光景に見えました。

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こちらは松代駅構内の線路です。運行中は絶対立ち入れない線路敷ですが、野草かなにかを採っていました。隔離されていたスペースがだんだんと生活のフィールドに取り込まれていきます。

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そして、こちらも駅の前を通過していくバスがありました。だんだんと生活スタイルがかわっていくのですね。

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電車の来ない乗車口。線路はすでに赤茶けていました。

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定期的に訪れて廃線後のさまを見届けていきます。   

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2012年6月25日 (月)

今年も始まる「群馬ディストネーションキャンペーン2012」

昨年大好評だった「群馬ディストネーションキャンペーン」がまた今年も始まります。

「ディストネーションキャンペーン」とは、JRと地元の自治体や観光事業者等がタイアップしておこなう大観光キャンペーンのことで、昨年は群馬県では盛んに蒸気機関車や特別列車が運行され、大人気でした。

こちらの写真は、昨年の様子です。

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キャンペーン期間中は、高崎車両センターの蒸気機関車は大忙しですね。

その昔、私は高崎第二鉄道機関区(旧高崎車両センター)に度々お邪魔して蒸気機関車を撮影させてもらっていました。今考えるとよくこのスペースで撮影させてくれたと思いますが、職員の方々にはまだ高校生だった私に非常に優しく接してくれて、その時の記憶は私の一生の宝となっています。

今、同じことをしたら大変な状況になるのは想像できますが、まだそんなに鉄道ファンが居なかったのか色々と面倒を見てくれました。当時のことは大変感謝しています。

その当時撮影した写真です。写っているのは私です。

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「ディストネーションキャンペーン」は、JRの方々の大変な努力で展開されているようです。

その主役の蒸気機関車にあっては、古い物だけに苦労が絶えないようですね。

ベアリングを使っていない機械なので、補給油は欠かすことのできない作業です。

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そして、石炭を焚いているので、灰の処理も一仕事です。

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機械の調子が一筋縄にはいかないので機関士も大変です。

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今年は、この時代に蒸気機関車に接することができることを感謝しつつ、楽しむことにしましょうかね。         

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2012年6月22日 (金)

湯の丸つつじ 2012開花情報/最新版

湯の丸高原のつつじが見頃となりました。現在8分咲きくらいですから土日は見頃ですよ。

これからお出掛けの方には申し訳ありませんが、一足早く紹介します。

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昼まで曇り空でしたが、ぐんぐん青空になりいい天気になりました。

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写真を撮り始めた時は車道に車は無かったのですが、ふと気づくと道路いっぱいに止まっていました。

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2012年6月21日 (木)

長野原線 51系電車

1945年から1971年まで、現在の「吾妻線」は、「長野原線」という名前で営業をしていました。

1971年、終点の「長野原駅」から「万座鹿沢駅」そして、終点の「大前駅」までが延長開業され、「吾妻線」と改名されました。

その、「長野原線」時代に終点だった「長野原駅」は、1991年に「長野原草津口駅」に改名されました。

私のブログタイトルの写真も、この「長野原草津口駅」のホームから撮影したものです。

きょうは、旧名の「長野原駅」の方向札を入れた古い電車の写真が有りましたので紹介します。

懐かしい長野原駅行きの方向札が入った51系、クハ68形です。色はスカ色と呼ばれているブルーとクリームの車両でした。

貫通扉はあるものの、連結幌のない完全な先頭起動車ですね。この形の車両は、多岐にわたって種類が多く、改造も多く行われたようです。運転席側だけがHゴムでユニークですね。

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時代を感じる車両ですね。たぶん、始発駅に当たる高崎駅のどこかで撮影したんだと思いますが、当時は現在「撮り鉄」と言われている人があまりいなかったので、安全な所は許可を得れば比較的自由に撮影させてくれました。まだ鉄道に興味を抱き始めていた入口だったのでさほど力を入れて撮影しなかったので撮影枚数が少なく、今となっては後悔しきりです。紹介の車両も、この正面からの一枚しかありませんでした。

現在進行中のブログでこれほど過去の写真が貴重になるとは考えてもいませんでしたからね。だから、今を一生懸命記録しようと思っています。

最近まで「長野原草津口駅」のホームは、島式の上下2線式でしたが、最近駅の改装のために1番ホームの末端が車止めで閉鎖になっており、下り線側と遮断されてしまいました。

今までは二階から階段でホームへ降りたのですが、現在は車両止めの後ろを通って一階から直接ホームへ行けるようになっています。改装のための仮設なのかは不明です。

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この1番線の隣では工事が始まっていました。駅を新築するのでしょうか。

こちらの写真は、「長野原草津口駅」を出発する普通列車です。上野側から見た様子です。

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2012年6月19日 (火)

追憶 「屋代線」

長野電鉄の屋代線が廃線となってからもうすぐ3ヶ月が経とうとしています。

もう3ヶ月なのか、まだ3ヶ月なのか。私は、なぜか随分前の記憶のような気がしてなりません。遠い過去の記憶となってしまうのでしょうか。

久々にふと思い出しついでに、撮りだめた記録を少しづつ紹介しようと思います。

こちらは、始発の屋代駅からは次の駅となる「東屋代駅」です。

民家のような建物の入り口に灯る照明が、なんとも趣のある駅で、この夜のたたずまいが好きでした。

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随分と昔に無人駅になってしまっていたのに、券売窓口がそのまま廃線まで残っていました。

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昭和のにおいが残る駅です。

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明りの灯らなくなったこの駅は、今どうなっているのでしょうか。

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2012年6月16日 (土)

ぐい呑みコレクション/2

今日のぐい呑みは、動物編です。ぐい呑みとはいっても、お猪口の大きさの物もあります。

左がうさぎで、ちょっと小振りです。右が河童です。河童は動物のジャンルなのかちょっと解りませんが・・・。

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うさぎの側面です。色合いやデザインが純粋に和でいい感じです。

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こちらが上から見た河童です。ぐい呑みにしがみついているさまが可愛らしいです。

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側面です。こんなぐい呑みでのお酒は楽しくていいですね。

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2012年6月14日 (木)

「稲倉の棚田」の夕暮

「稲倉の棚田」の夜明けや夕暮れを撮影しようと思っています。その下準備として日の沈む方向を確認してきました。

地図で確認はしていたのですが、やはり写真撮影に都合よく太陽は昇ったり沈んだりしてくれないようですね。

天気が悪く、遠い山々は霞んでいましたが、テスト写真を撮ってきました。

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日暮れとともにカエルの大合唱でした。

山の中で一人ぼっちの夕暮。心細いやら怖いやら・・・。

また晴天の時に改めて撮影に行く予定です。 

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2012年6月12日 (火)

消えゆく川原湯温泉

八ッ場ダム建設決定以降の現在の川原湯温泉は、建物の取り壊しが進み随分と寂しい街並みとなってしまいました。これから更に寂しくなっていくのでしょうね。

そもそも、川原湯温泉は50年も前からダム湖の下に沈むと言われて来たため、各施設が未来の計画を立てられず、設備投資を行えない状況でした。そのため温泉街はどんどんと老朽化により寂びれ、客離れに拍車を掛けました。そして、ダム建設が決定し、取り壊しが現実のものとなってしまいました。

2008年に撮影した川原湯温泉との移り変わりを一部だけですがご覧ください。

右奥の建物が無くなっています。

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右側は、綺麗に無くなっていました。

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柏屋さんと、みよしやさんも跡形もなく取り壊されていました。真ん中の階段が妙に寂しさを誘います。

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川原湯温泉は、少し位置を変えて新たに生まれ変わります。引き続き商売を行わない人も沢山居ると聞いているので、寂しい限りですが、どうか豊かな温泉地として再建してもらいたいものです。    

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2012年6月11日 (月)

満州事変の鉄道

時は日露戦争の勝利により、ポーツマス条約で後の満鉄となる部分を日本政府に権利譲渡したところから話は始まります。

譲渡された鉄道施設を日本は南満州鉄道として開発し営業を始めます。しかし、中国国内の反日感情は根強く、連日、日本人に対して抑圧、略奪、そして殺人と日常茶飯事で事件が絶えなかったのだそうです。

そして、大事変のきっかけとなった事件が起きてしまいます。関東軍の中村大尉ほか数名が虐殺されてしまい、軍はとうとう堪忍袋の緒が切れてしまいました。

そして、中国軍により南満州鉄道が爆破されたということを理由に、関東軍の進軍が始まります。その威力は激しく、またたく間に広大な地域を統治してしまいました。

しかし、この鉄道の爆破は自作自演だったということを今回の機会で知りました。反撃のきっかけを作りたかったんでしようね。

さて、本題に移りますが、この満州事変の速報写真と解説を、国際情報社という出版会社の「国際写真情報」という情報誌で、「満州大事変画報」の特別号を創刊していて、その現物を入手したので紹介します。

鉄道ファンとしては、他国で日本の鉄道技術を発展させた歴史の経緯に興味を持っていたのですが、入手してみると知らないことばかりで驚きました。

また、この鉄道を使って大事変の優位な進軍をした事も大変興味の持てるものでした。

こちらが、満州事変の勃発した昭和6年に創刊された大判の「国際写真情報」誌です。

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こちらは、裏表紙です。、「国際写真情報」というだけあって、英語の解説も多い本です。

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満州事変の進軍は、こんな装甲列車を使ってたんですね。それも迷彩色の機関車と装甲車両です。初めて見た記録でびっくりしました。

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最後尾は、大砲まで搭載しています。外国の列車砲は見たことが有りましたが、日本軍にも列車砲のような装備が有ったんですね。

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おまけに、こんな鉄道装甲車まであったようです。なんともかわいらしいですが、事が戦争ですからそんな不謹慎な事は言えないですよね。

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日本の写真も掲載されていました。満州への増兵のため、列車で出兵するところの様子だそうです。解説では、駒沢付近とありました。

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最後に、南満州鉄道の地図が載っていたので紹介します。

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今回、色々な過去の歴史の事実を知ることが出来たのですが、鉄道は、故郷への帰省や楽しい旅行など、平和に利用してもらいたいものですね。    

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2012年6月10日 (日)

自然の1コマ/その42 大地のキャンバス

先日、湯の丸高原に行った際に嬬恋村のキャベツ畑の写真を撮ってきました。天気が今一だったので、景色としての撮影は諦めましたが、視点を変えると面白い写真が撮れますね。

傾斜地の畑が、綺麗なさざ波を描いていました。

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隣の畑は、キャベツの苗が植えられていました。キャンバスに筆が入った、といったところでしょうかね。

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畑の縁は綺麗な「イブキガラシ」の花がキャベツ畑のあちこちに満開で咲いていました。

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嬬恋高原のキャベツ畑のキャンバスは、これから刻々と 綺麗な絵を見せてくれることでしょう。 

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2012年6月 5日 (火)

ぐい呑みコレクション

以前、石英の石を彫ったぐい呑みを紹介しましたが、今日はガラス系のものを紹介します。

今、全国各地を旅行してもお土産は同じようなものばかりですよね。しかし、陶器は役割りこそ同じですが、それぞれの地方で特色が有って色々バラエティーに富んでいます。そして、各地で伝統的な焼き物があります。

最初は集めるつもりはなかったのですが、元来の酒好きなのか、収集好きなのか、美術骨董ものが好きなのか・・。いや全部当たりかな?

今回はガラス製のものですが、ガラスも陶器に負けず各地で色々な特色が有ります。

中でも日本の切子は、素晴らしい物が沢山ありますね。江戸切子に薩摩切子、やはり、手先の器用な日本人が成せる業なんでしょうかね。

こちらの切子は、左が薩摩切子、右が沖縄の切子です。

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そしてこちらが京都で購入したものです。ひょっとすると1個は別の所かもしれませんが。金箔と銀箔が貼られていますね。

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その日の気分で色々器を変えながら日本酒をいただいています。自分で気に入って購入したものなので一味違うんですよね。

色々なぐい呑みを小出しにしながら紹介していきます。 

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2012年6月 4日 (月)

廃線後の草軽電鉄

2日前、テレビで「ノスタルジック紀行 廃線跡を歩く」という番組を放送していました。

3路線の廃線跡を歩く番組でしたが、私の知っている長野県軽井沢町から群馬県草津町までの55.5kmの区間を結んでいた「草軽電鉄」もその中の1路線で紹介されていました。

地元の路線なので興味深々で、楽しく番組を見させてもらいました。私もこの路線はこれからじっくりと取材しようとしていたので、ちょっと先を越されちゃったかな。

昭和62年に創刊された「思い出のアルバム 草軽電鉄」という本を所有していましたので紹介します。

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立派な装丁の3,800円もする高価な写真集でしたが、知らない過去の記録集ということで手元に置きたかったんでしょうね。

去年、鉄橋跡を撮影していたので紹介します。現在の吾妻線万座鹿沢口駅の前です。

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先程紹介した本には現役時代の鉄橋が掲載されていました。ちょっと角度が逆で違うのでこんど同じ角度で写真を撮ってみたいと思います。

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現在、旧路線を地図に落とし込んでいます。出来上がったら軽井沢町から草津町まで廃線跡をたどってみる予定です。いずれ紹介できると思います。   

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2012年6月 2日 (土)

吾妻線の記録/4 湖面3号橋

今日は、八ッ場バイパス湖面3号橋周辺の風景を紹介します。

廃線間際になると沢山の撮り鉄たちが訪れるので、ちょっと早めに始動しています。

こちらはよく撮られている所ですね。道路際に路側帯が広く空いているので撮影しやすい場所です。特急の編成も全部入るので人気の場所です。

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こちらは反対側です。逆光でいまいちですが「やまどり」の上り時間はしょうがないですね。

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普通列車をちょっとアップでもう一枚。

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そして吾妻川対岸のしもだ橋から吾妻川を入れてみました。景色重視なので電車はスパイスです。橋の手前の電線がちょっとうっとうしいですが・・・。

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色々な所から撮影できるので、この廃線区間は撮りがいがあります。もっといい場所が有るかもしれませんね。いろいろ堪能しながら探してみます。 

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