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2012年5月

2012年5月31日 (木)

稲倉の棚田/2

10日振りに「稲倉の棚田」を訪れてみました。

殆どの田んぼは、田植えが終わっていましたが、まだ何枚かこれから田植えの田んぼが有りました。

そして、今日田植えという田んぼがあり、苗があぜ道に配られていました。丁度休憩時間らしく、人影が有りませんでした。

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比較的大きな田んぼは機械植えが出来るようです。

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あぜ道のあちこちにアザミが咲き始めていました。

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稲穂が青々と育った時期にまた訪れてみることにしましょう。

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2012年5月30日 (水)

愛妻の丘 2012

しゃくなげ園に行ったついでに「愛妻の丘」に足を延ばしてみました。今、芝桜が満開です。

平日に関わらず、ひっきりなしに愛妻家達?が訪れていました。

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鐘が新しくなっていました。嬬恋在住の芸術家の作だそうです。

今年もこの丘から誕生するカップルはどの位いるんでしょうね。

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2012年5月28日 (月)

吾妻線の記録/3

今日は、吾妻線の新線への分かれ目にあたる松谷下組踏切を紹介します。

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右奥には新吾妻川第二橋梁が見えます。その橋梁から踏切に向かって線路敷がゆるやかにカーブして出来上がっていました。(右側の現行線路と橋梁の間の平坦な部分)

下り電車が「松谷下組踏切」に差し掛かるところです。新線にに切り替わると現行の踏切の位置もやや左側に移動になると思われます。

既に、新線用の新しい線路が運び込まれ、ブルーシートが掛けられていました。

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踏切から逆向きの上野方面の風景です。今話題の185系湘南色の特急草津号です。

この当たりから切り替えられ、新線側へとゆるやかにカーブしていきます。

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このような現行の線路を走っている姿もしばらくすると見られなくなりますね。

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2012年5月25日 (金)

吾妻線の記録/2

昨日に続き、撮り溜めた写真を少しずつ紹介します。

川原湯温泉駅を発車し、去っていく115系湘南色の上り普通電車。

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長野原草津口駅~川原湯温泉駅間の吾妻渓谷沿いです。渓谷区間は、トンネル区間と、このような斜面を切り割った急傾斜地を走っています。一段下の道路のさらに下は谷です。

電車は上りで、次は川原湯温泉駅です。

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次は、吾妻線の現行第3橋梁です。新第3橋梁とは場所が全然違います。川原湯温泉駅を挟んで、現行の第2橋梁と第3橋梁があります。こちらの第3橋梁は、長野原草津口駅側に位置しています。

橋脚の手前に写っている橋が上り線の自動車専用橋で、私がカメラを据えた所が下り線の自動車専用橋です。その昔は、写真に写っている上り線の橋しか無く、交互通行だったため、狭い橋でした。

橋上の電車は下りです。次の停車駅の長野原草津口駅に向かっています。

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                                         つづく

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2012年5月23日 (水)

吾妻線の記録

機会が有ると「吾妻線」の付替えにともない廃線となる区間の記録をしています。

廃線区間の記録でもあり、115系の記録でもありといったところでしょうか。

唯一、無くなってしまう駅、「川原湯温泉駅」です。この場所からは無くなりますが、新線上に位置を変えて作り替えられます。

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川原湯温泉駅での交換風景です。115系の湘南色が新緑に映える季節となりました。

左の上りが3両編成、右側の下りが2両編成のため、頭が揃っていませんね。

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上り、下りとも定刻に同時発車し、それぞれ去っていきました。

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2012年5月20日 (日)

稲倉の棚田

長野県上田市の山あいに棚田百選のひとつ「稲倉の棚田」があります。

比較的通える地域のため、四季折々の写真を撮ることにしました。ここは日本の原点の風景がある様な気がして今から楽しみです。

一度下見を兼ねて訪れましたが、今回が二度目の撮影です。

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今日は、ちょうど田んぼへ水張りをして、田植えの前の代掻(しろかき)作業をしている所でした。

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畑が水を得て本来の水田に蘇る瞬間です。

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次々と棚田に水が張られていきます。

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農作業中の方に何人かお話が聞けました。25日が田植えだそうです。「一緒に田植えするかい」なんて言ってくれましたが、この日は仕事なので参加できそうにありません。

みんな優しく話をしてくれて色々な事を教えてくれました。なんと、この棚田は一部分でこの規模の棚田がまだ上段に有ると教えてくれました。時代の変遷とともに田んぼは使われなくなり、荒れ果ててまったのだそうです。

この棚田も数年前までは荒れ果てていましたが、保存会が設立され現在の状態に復元したのだそうです。大変な努力があったんですね。

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もうすぐ、この棚田一面が田植えを終えて、景色を変えてくれます。      

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2012年5月18日 (金)

ビートルズ「アビイロード」ジャケット写真

ビートルズが好きな人は勿論のこと、そうでない人でも有名すぎるアルバム「アビイロード」。このジャケット写真を知らない人はいないと思います。

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このジャケット写真を撮影した際に何枚も撮って、その中の1枚がジャケット用写真に使われました。

このことは、ビートルズファンであれば知られていることですが、その使われなかった残りの写真が昨日オークションに掛けられたと情報が飛び交いました。

その中の1枚、逆向きに歩いているバージョンです。

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この4人の洋服はバラバラですが、意味があって先頭の白スーツのジョンレノンが「神父」、2人目のリンゴスターは「葬儀屋」、3人目のポールマッカートニーが「死人」、4人目のジョージハリスンが「墓掘屋」ということだそうでジャケットも芸術?していて、発売当初は話題になりました。

向きを変えたり配列を変えたり、持物や靴を変えたりと色々な写真があるそうです。当時、話題になった時に、逆向きと配列を変えた写真が有ったことは覚えていましたが、久しぶりのニュースに懐かしい記憶が蘇ってきました。

死人約のポールマッカートニーの28歳死亡説まで出た写真でした。後ろに写っているワーゲンのナンバープレートが「28 IF」とあったからです。実際には「281 F」だという話もあるようですね。

他にも色々と面白い話がこのジャケットにはある様ですが、ジャケットの裏面のブルーのスカートの通行人は撮影時に通行人が横切って写り込んでしまったものだそうです。しかし、芸術性と動きがあったため、この失敗ショットが採用されたのだそうです。

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他に、曲順のミスプリントとかマニアはいろいろ探し出しますね。

写真を撮る際にジャケット裏の値段を見たら2,000円でした。当時のLPレコードは高かったですね。ビートルズのアルバムは、私の宝物の一つです。

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2012年5月12日 (土)

上田交通「真田傍陽線」廃線跡

今日、40年も前の1972年に廃止となった上田交通の真田傍陽線(さなだそえひせん)の廃線跡を撮影してきました。

母曰く、一緒に一度だけ乗ったことが有ると言うのですがまったく記憶にありません(歳がばれる)。走っている姿も、辛うじてかすかに記憶にある程度です。

この路線は、長野県上田市の上田駅から北東方面の真田町までの12.8Kmを結ぶ路線でした。途中の本原駅から二股に分かれた先が傍陽までだったため真田傍陽線と呼称されていました。

こちらが真田線の終点「真田駅」跡です。右側の道路は線路が現在はバイパスとなっている線路跡です。上田方面を向いています。

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撮影した後ろは、バスの待合所になっていました。

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こちらがホームの跡で唯一現存するものです。高さは道路や歩道の高さが上がっているせいか低くなっていますね。

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こちらは、反対側から撮影したものです。ホーム下が一部空いていたようですね。

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駅の相向かいに当時から有ったであろう立派な建物が建っていました。

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真田駅を後にして、この駅から3番目にあたる「北本原駅」跡に行ってみました。

現在も、「駅前食堂」の名で食堂が残っています。

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しゃれっ気のある看板ですね。

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鉄道の駅に取って代わったバス停は、名称も変わっていました。

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以上の2か所の駅跡は以前から知っていましたが、まだ廃線跡が色濃く残っている所があるということなので、少しずつ訪れてみようと思っています。    

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2012年5月 8日 (火)

吾妻線 新第三吾妻川橋梁

八ッ場ダムで有名になった吾妻渓谷の鉄道や道路は、渓谷をぬう路線のため落石や地滑りが懸念され雨量が一定量になるとそのたびにストップしていました。そして狭く曲がりくねった道路は、半世紀もほとんど手付かず状態で、夏場の全国へ向けてのキャベツのトラックにとって難所となっていて、すれ違い出来ない狭さに加え行楽の車が拍車を掛けて連日渋滞していました。

危険と渋滞を緩和させるため関越高速道路の渋川伊香保より高規格道路規模で現在の吾妻渓谷を抜けて長野県側へトンネルで抜ける計画がありました。

一方吾妻線は、その昔信越線の廃線の代替え路線として長野県の信越線につなげる計画もありました。

しかし、八ッ場ダム計画に結論が出ず、そこを通る道路も鉄道も凍結されてしまったのです。

最近になってダム計画に結論が出ると、今まで眠っていた道路や鉄道の計画が具体化して、急ピッチで工事が行われるようになりました。

しかし、この一連の事情を知らない人たちは、ダムを作るために鉄道も道路も大金を使って作り直していると思っている人がいます。

確かに水没することを考慮した部分の計画もあるでしようが、大昔にタイムスリップしてしまったのではないかというような粗末な旧道の付替え工事は遅すぎたと思っています。

必要のない所に立派な道路を建設するより、こういったところへの取り組みの方が価値がありますね。

前置きが長くなりましたが、吾妻線の新第三吾妻川橋梁が完成し、いよいよ長野原草津口駅へのつなぎ込み路線の工事が行われています。

私のブログタイトルの写真は、長野原草津口駅のホームから撮影しました。現在の電車の侵入してくる旧路線から右に写っている新第三吾妻川橋梁を通ってホームへに入線してくるルートに変更されます。刻々と変わっていく様子を度々紹介していきます。

今日は、その新第三吾妻川橋梁の工事中の写真と現在の完成した写真を紹介します。

   こちらは、2008年9月の工事中の様子です。

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真横から見た様子です。下部に仮設の橋脚を造り、ここで組み立てられた橋梁がリフトアップされ上部のアーチに連結されました。詳細や写真はまた何かの機会に紹介します。

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そして、連結され完成した現在の新第三吾妻川橋梁です。日本でも珍しい鉄道橋梁で、今後、新第二吾妻川橋梁とともに注目されると思います。

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