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2012年4月 7日 (土)

屋代線 廃線の日/7

金井山駅近くの池での撮影は視界が悪く、早々に引き揚げて駅まで戻ることにしました。駅の駐車場の車の中で風雪で冷えた身体を再び温めました。

金井山駅に着いても雪は一向にやむ気配がありません。ほどなく屋代行きの電車がホームへに入線しました。

この屋代行きの車両編成は、3両編成のためホームからはみ出ています。というか、ホームが老朽化のために以前から須坂方面は使用禁止となっています。

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以前撮影した使用禁止のホームの様子です。赤字路線であるが故、設備の更新ができない困難さを実感したしだいです。

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この屋代駅行き編成も3両ですね。廃線のこの日は、3両編成が多かったようです。

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3両編成であり、さらに金井山駅はカーブしているため、この日は駅員3名でホームの安全確認をおこなっていました。最後まで安全運行を遂行する長電に関心しました。

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須坂行きの6編成が入線してきました。このころになると、先ほどの天気が嘘のように回復してきました。

写真では分かりずらいですが、お馴染みの女性の運転手です。6編成によく乗務されてましたね。

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天気も回復したため、暖を取っていた金井山駅から再び移動を始めました。

金井山駅と大室駅間の牧島踏切です。金井山駅を出た電車がやってきました。

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前方のトンネルに吸い込まれていきました。

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今日の古き良き時代の屋代線の紹介です。

今紹介したトンネルを通過する国鉄169系志賀号です。最近では建物が出来てしまい、この横からの撮影はできなくなっています。もう撮影する電車も走っていないのでいいことなんですけど・・・。でも寂しいですね。

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コメント

こんにちは、屋代線廃止で1つ気になるのが、今後車両がどうなるかなんですが・・・
廃車にしてしまうんでしょうか・・・

投稿: たーぼぅ | 2012年4月 7日 (土) 14時26分

たーぼぅさん こんばんは。
全ての車両を残すのは無理でしょうけど、実はすでに信濃川田駅には廃線の日に最終電車の後に密かに3500系とマルーン色の2000系が移動して保存されています。
ここだけの非公式情報ですが、黒柳徹子さんが買い取りたいという車両があるそうです。
信濃川田駅が、電車広場的なスペースになるといいですね。木造駅舎も残したいという話があるそうですよ。
長野電鉄はまだ長野線を所有しているので、何かのイベントで走らせたらきっとファンが集まるでしょうね。
車両の老朽化による廃線ではないので、まだまだ走れるとおもいますよ。

投稿: 浅間通信員 | 2012年4月 7日 (土) 19時55分

追記

現在信濃川田駅でブルーシートが掛けられている電車は、安曇野に出来る博物館に移設されるのだそうです。その中に、黒柳徹子さんの「窓際のトットちゃん」のコーナーがあり、そこに設置されるようです。

投稿: 浅間通信員 | 2012年4月 8日 (日) 07時34分

こんにちは(*^^*)
今年は、一度暖かくなったと思ったら、冬のような天気に戻って…
こちらもまだ朝晩は寒いです。今朝も室温が10度くらいしかありませんでした。
寒い中での撮影お疲れ様でした。写真から寒さが伝わってきました。
私は20代の時に友人と北海道で鈍行列車の旅をしましたが、肌寒い普通のシートで一晩過ごした事もありました。
JRになると言うことでそれらの線も廃止されると言う事をしり、地元では無いのですが、寂しいなぁと思ったものでした。
一度利用しただけの者でもそう思うのですから、いつも利用したいた人たちは残念な気持ちだと思います。
田舎の電車って、都会とは違う良さがあるんですよね。
赤字だから仕方ないと言ってしまえば、それまでなんですが…
一部の人間だけが、高給をもらい、天下りして税金を使っているのを思うと、こう言う田舎の足である鉄道に援助したり、田舎に住みたくなるようなアイデアを出していけないものかなぁと思います。
環境や、震災などの事を考えると東京や大阪に集中している人口をなんとかしないと大変なことになるような気がしますし…。
便利も過ぎれば、不便になることもありますしね。


投稿: のんぷーたん | 2012年4月 8日 (日) 17時52分

のんぷーたん こんばんは。
都心の電車は黒字なので設備投資をする。田舎の電車は赤字なので廃線にする。一見当たり前のような原理ですが、国民は平等に生活が営めるようにしなくてはならないのが本当の姿だと思います。田舎の生活が切り捨てられていく国の政策が残念でなりません。収益の検討はしなくてはいけませんが、水や電気と同じように交通手段は生活の一部ですよね。
日本国憲法の「国民の権利及び義務」の章に「すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」という項があります。文化的な生活の切り捨ては日本国憲法にも背を向ける行為なのですよね。
今、東京電力の問題がクローズアップされていますが、一般の会社なら全員解雇の倒産です。それを我々の税金で助けようとしています。これは、今まで独占企業として守ってきてしまった国策の大失敗です。
色々な所で国民は騙されているのに、普通の出来事のようにしがらみがカモフラージュされています。
そもそも、お金を上げます。タダにします。などという最低な詐欺政党に簡単に騙される国民ですから、ぬるま湯に浸かりすぎていますよね。聞くところによると、今その上げるお金が無いんですってね。前から無かったような気がするんですがねー。

さて、この屋代線ですが、途中に松代駅と象山口駅がありますが、戦争中に天皇の疎開や大本営を移設しようとした歴史的な土地柄です。皮肉にも戦時中は、政府が一番本気になっていた地域だったんですね。何か日本の歴史が忘れ去られそうな気がして残念です。

のんぷーたんは、いい思い出があるようですね。大変だった事って結構記憶を刻んでくれて、いい思い出になるんですよね。私の今回の記録も大変だったので、かえって記憶に重みが増しました。

屋代線、そしてその沿線地域、訪れる度に良さが増す土地柄で、素敵な地域でした。廃線後も訪れてみたいと思っています。

投稿: 浅間通信員 | 2012年4月 8日 (日) 22時03分

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