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2011年12月

2011年12月31日 (土)

湯の丸 百体観音 第75番「千手観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第75番目は、「千手観音」です。

大きな台座と大きな自然石に彫られた観音さまですね。持物(じもつ)を持つ手が確認できますから、持物の紹介をしましょう。

今回の「千手観音」の持物は、金剛杵(こんごうしょ)又は独鈷杵(とっこしょ)とも呼ばれるものです。金剛杵は、よく不動明王や仁王などが持っている棒の両端が剣になっているもので、悪魔をふり払い、鎮め、そして煩悩を打ち破るとされています。形そのもののごとく完全な武器ですね。こんなに優しいお顔の観音さまは、武器や宝物のデパートで史上最強無敵ですから味方にしたいですよね。

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2011年12月30日 (金)

湯の丸 百体観音 第74番「十一面観音」

本日の「湯の丸百体観音」の第74番は、「十一面観音」です。

年も迫ってきましたが、来年は辰年ですね。ところで、十二支の自分の「守り本尊」があるのを知っていますか?。新年を迎えるに当たり、自分の守り神を知ることによってその神さまの神社仏閣で初詣するのもいいと思いませんか。この守り神の祀られている神社仏閣を探してみてください。

各干支の守り神は以下の通りです。

子年・千手観音、丑寅年・虚空蔵菩薩、卯年・文殊菩薩、辰巳年・普賢菩薩、午年・勢至菩薩、未申年・大日如来、酉年・不動明王、戌亥年・阿弥陀如来

さてさて、今日の観音さまは、すごい所に祀られてますよ。

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ほら、こんな風に祀られていました。元有ったところの台座の巨石をそのまま残したんでしょうかね。現代風の石垣は、ちょっと趣に欠けますが仕方ないですね。

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案内標識が道路の反対側に立っていました。

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2011年12月29日 (木)

湯の丸 百体観音 第73番「聖観音」

今日の「湯の丸百体観音」第73番目は、「聖観音」です。

今日の観音さまは、キリッとした男性的なお顔をしていますね。以前、観音さまは、女性ではなく、男性だという話をしたことがありましたが、中性だという説明をすることもあるようで、なんでも観音様になる前は、とある国のお姫様で、修行をして悟りを開き、観世音菩薩になったという話があるようです。

後背に、金井村そして土屋○○○と彫られています。てっぺんが割れちゃってますね。

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2011年12月28日 (水)

湯の丸 百体観音 第72番「千手観音」

本日の「湯の丸百体観音」は、第72番「千手観音」です。

昨日に引き続き、日本を代表する国宝級の「千手観音」は、京都三十三間堂の「千手観音」が有名です。左右千体の観音さまを脇侍とした最強の「千手観音」でしょうね。

その三十三間堂の棟木には柳の木が使われているそうですが、その柳の木にまつわる物語がいろいろあるので紹介します。

昔、熊野の楊枝の里に暮らす平太郎と母がおりました。
ある日、狩りに来た武士の放った鷹が柳の高い枝に足緒をからめて動けなくなってしまった。武士は、家来に命じて助けようとしたが、その柳の木は あまりにも高く、誰にも登ることができない。武士は、その柳の木を切り倒してしまうよう家来に命じた。
そんなとき、平太郎がそこを通りかかった。平太郎は武士から弓矢を借りると、鷹の足緒のからまった枝めがけて矢を放った。矢は枝にからまっている足緒に見事、命中。鷹は無事に柳の枝から逃れることができ、柳の木も倒されずに済んだ。

その数日後、平太郎は柳の巨樹の下で一人の美しい娘に出会う。娘の名はお柳。やがて二人は夫婦となる。二人の間には男の子が生まれ、緑丸(みどりまる)と名付けられる。平太郎は、美しい妻と愛らしい子、そして老母との4人で、貧しいけれども、幸せな日々を送った。
それから何年かのちのこと。後白河法皇の発願で京に三十三間堂を建てることになり、その棟木に楊枝の里の柳の巨樹が使われることになった。
柳の木が切られる当日の早朝、夜が白みはじめたころ、お柳は、突然の激痛を訴えた。

お柳は、平太郎に命を救われたその柳の巨樹の精であったのだ。
お柳は、我が身に打ち込まれる斧の激痛に、よろめきながら、眠っている平太郎や緑丸らに我が身の上を語り、別れを告げた。

柳の木は新宮の浜まで運ばれることになった。ところが、平太郎の家の前まで来たとき、動きが止まってしまう。大勢の人がどんなに力一杯、押しても引いても、柳 の木は全く動かない。
そのとき、緑丸を連れた平太郎がやってきて、お柳の次第を役人に打ち明ける。

平太郎は、緑丸に音度を取らせて、自分達に木を引かせてもらえるように申し出た。緑丸を柳の木にまたがせ、音頭を取らせて引くと、今までビクともしなかった柳の木は緑丸を乗せて滑るように進んだ。
こうして、平太郎・緑丸の親子の手により、柳の木は無事に運ばれ、三十三間堂も立派に完成したのであった。

木にも命があるということを訴えている物語のように思いました。こんな物語を頭の片隅に置いて三十三間堂を参拝すると、感慨深いものがあるでしょうね。

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よく見ると、足元に蝶がとまっていました。何蝶なんでしょうね。

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2011年12月27日 (火)

坂東三十三観音/第16番 五徳山 水澤寺(水澤観音)

昨日紹介した「水沢うどん」の道路の先に坂東三十三観音霊場第16番の「水沢観音」があります。

ここまで来たのでお参りしていかない訳にはいきません。さっそく訪れてみました。

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石段を登ると入口の山門です。駐車場は、山門の上になってしまい、駐車場から参拝すると、山門を見下ろす位置関係になっています。

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山門から更に石段が続きます。

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本堂の観音堂に到着です。

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本堂の右手には「六角二重塔」(開運六地蔵)があり、六体の六地蔵さんをぐるぐる回せるようになっています。地蔵信仰の全国的にも珍しい建物だそうです。

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本堂には黄金の千手観音が祀られています。一年間の家族の無事を感謝してきました。         

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湯の丸 百体観音 第71番「聖観音」

本日の第71番目の「湯の丸百体観音」は、「聖観音」です。

今日は、日本を代表する「聖観音」を紹介します。奈良薬師寺の東院堂の本尊である国宝「聖観音立像」です。白鳳時代の作で、銅製の観音さまです。現在は、銅の地金の色ですが、制作されたときは、黄金に光っていたそうです。そして、頭髪、目、唇には彩色がされていて、かろうじて一部その彩色が確認されているそうです。落慶法要時はさぞかし見事だったでしょうね。

片や、この「湯の丸百体観音」の「聖観音」は祠も逗子もない路傍の石造です。しかし、どうでしょうこの存在感。双方は環境のまるで違う観音さまですが、各々に価値観があり、改めていろいろなことを考えさせられました。

最近、ブータン国王夫妻が来日しましたが、世界一幸せな国だとか・・・。思い出して納得してしまいました。

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2011年12月26日 (月)

湯の丸 百体観音 第70番「馬頭観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第70番は、久々の「馬頭観音」です。

後背(光背)に加沢村中と刻まれています。鹿沢温泉の方が祀ったものなのでしょうか。

右手には持物のまさかり「鉞斧(えっぷ)」を持っています。馬頭観音らしい面構えと、まさかりという仰々しいいでたちです。「鉞斧」は、難を避ける力があるそうです。

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2011年12月25日 (日)

湯の丸 百体観音 第69番「十一面観音」

今日の「湯の丸百体観音」は、第69番「十一面観音」です。

お決まりの阿弥陀如来像が頭に刻まれていますが、今回は、その阿弥陀如来像にまつわる面白い話を紹介します。

平等院鳳凰堂は、十円玉には鳳凰堂が、そして1万円札には屋根の上の鳳凰がデザインに使用されるほど身近な存在となっています。

その鳳凰堂のなかには、阿弥陀如来像が安置されていて、その建物の壁には五十二体の天を舞う菩薩像(木造雲中供養菩薩像)が掲げられています。この五十二体のうち五十一体が国宝に指定されました。あれ、じゃ残りの一体は出来が悪かったのでしょうか?。いえ、数え間違ったのです。そのため、後に残りの一体も国宝に追加されました。国宝級の決定事項も初歩的な間違いがあるんですね。

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大きな石の上に鎮座している観音さまが多いですが、この場所に有った石なんでしょうかね。

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2011年12月23日 (金)

湯の丸 百体観音 第68番「聖観音」

今日の「湯の丸百体観音」は、第68番「聖観音」です。

今日は、「湯の丸百体観音」と百体を同じくする「日本百観音」を紹介します。

「日本百観音」とは、湯の丸の一地域における百体観音とは異なり、「西国33ヶ所」、「坂東33ヶ所」、「秩父34ヶ所」の3地域の観音巡礼を合計したものです。

「西国33ヶ所」とは、その名の通り関西を中心とした地域、しかし、西の国は分かっても、坂の東とは何処でしょうか。これは、「西国33ヶ所」の観音巡礼を源実朝が参考にして、箱根の山の坂の東側、つまり関東地方に33ヶ所巡礼場所を設けたものです。秩父のそれは、地域名のとおりですね。

この3地域の巡礼を成就した暁は、長野県長野市の「善光寺」と長野県上田市別所温泉の「北向観音」をお礼参りするのが慣例となっています。「善光寺」は南向きに、「北向観音」はその名の通り北向で、お互いに向かい合っています。「北向観音」は別名「裏善光寺」と呼ばれていて、「善光寺」は来世の、「北向観音」は現世のご利益をもたらすといわれ、「善光寺」だけのお参りだけでは方参りといって片手落ちになるといわれています。

満願巡礼された方だけでなく、単に「善光寺」へ参拝される方も、是非「北向観音」も併せて参拝してくださいね。

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2011年12月22日 (木)

湯の丸 百体観音 第67番「如意輪観音」

今日の「湯の丸百体観音」は、第67番「如意輪観音」です。

よう壁の上のフェンスの柱に針金で縛り付けられていました。足元のすぐ前は垂直に切り立っています。余りにも悲しい姿でした。

観音さまは、一番下の「地獄道」から「餓鬼道」「畜生道」「修羅道」「人間道」そして一番上の「天道」までの六つの世界、六道を六観音が各々担当して見守っていますが、「如意輪観音」はそのなかの「天道」つまり「天国界」の観音さまです。

天国に仕えている観音さまには程遠い姿でした。

東御市の文化財ご担当の方がご覧になっていらっしゃいましたら、どうか別の所への移動をご検討いただきたく切にお願いいたします。

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2011年12月21日 (水)

湯の丸 百体観音 第66番「聖観音」

今日の「湯の丸百体観音」は、第66番「聖観音」です。

後背の右に金井村と彫られているのが読み取れます。金井村は、長野県下高井郡に旧名で現存(現:平岡村)していましたが、他にも新潟の佐渡や山形県にも存在しているようです。ここでは、近隣の長野県内にある金井村と考えるのが順当でしょうね。

何かの縁があって金井村の人がここに祀ったのでしょうね。左側には名前が彫られているようですが、写真からは読み取れませんでした。

今まで紹介した観音さまも、このように地名と名前が彫られている観音さまが沢山あります。それらを調べてみるのも面白いかもしれませんね。

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いつも、祀られた観音さまの風景を案内杭と共に撮影するのですが、今回の66番はピンボケ写真のため載せるのを諦めました。大量に撮ると気を抜いてそんな結果になることがたまにあります。反省です。

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2011年12月20日 (火)

湯の丸 百体観音 第65番「千手観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第65番目は、「千手観音」です。

撮影時期が8月中旬なので、周囲の草花が青々していますね。

今日の持物(じもつ)は、その草花にちなんで白蓮華(びゃくれんげ)にしました。観音さまは、蓮華を持っているのはご承知の通りですが、この「千手観音」の場合は、さまざまな色の蓮華を手にしています。その中の白い蓮華は、さまざまな功徳を成就させる力を持っているとされています。

功徳】とは、「 仏語。現世·来世に幸福をもたらすもとになる善行」とあります。今年は、3.11東北大震災がありました。震災に遭われた皆さんの今後にどうか沢山の功徳がありますように。

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2011年12月19日 (月)

湯の丸 百体観音 第64番「聖観音」

「 湯の丸百体観音」の第64番目、「聖観音」です。

ちょっとピンボケ写真になってしまいました。

今日は、光背について紹介します。今まで紹介したものは全体を取り囲んでいた舟形後背ですが、今日は頭の周りにある丸い「輪光」(りんこう)についてです。

背後の覆いではなく、観音さまの体から放たれている光を「後光」といいます。「後光が射している」なんて言いますよね。その後光です。後光は、観音さまの知恵を放っている状況を表しているといわれています。

この「聖観音」の場合、いや「湯の丸百観音」の場合はほとんどがこの「輪光」という種類の後光ですが、頭を中心に放たれているこの後背は、頭光(ずこう)ともいわれているそうです。

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2011年12月18日 (日)

湯の丸 百体観音 第63番「如意輪観音」

今日の第63番目の「湯の丸百体観音」は「如意輪観音」です。

60番に紹介した「如意輪観音」に似てますね。台座をよく見てください。お金がお供えされていますね。何をこの観音さまにお願いしたのでしょうか。

「如意輪観音」は、「世間」と「出世間」の人の願いを何でも叶えてくれると言われています。「出世間」とは、世間から超越した上のステージということになりますから、その時点で叶っているように思いますが、「世間」の人だろうが、「出世間」の人だろうが区別をせずに利益を与えてくれるようです。

現代言葉の上のステージに行く「出世」は、この「出世間」という言葉から来ているそうです。

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お決まりの半跏像ですが、あまりのお願いの多さにほおづえをついちゃってますね。

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2011年12月17日 (土)

湯の丸 百体観音 第62番「聖観音」

今日紹介する「湯の丸百体観音」の第62番は「聖観音」です。

今まで紹介した観音さまとはちょっと表情の雰囲気が違いますね。古い観音さまと置き換えられた新しい観音さまのような気がします。

聖観音は、阿弥陀如来の側近・ガードマン・秘書としてつまり脇侍として祀られているケースが多いようです。三尊像形式は、時代や宗派によって脇侍はさまざまのようですが、真ん中の中尊だけでなく、この脇侍の存在も注意してみると面白いかもしれません。頭部中央にはお決まり通り、師である釈迦如来の小立像が居ますね。

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ヘヤピンカーブを曲がるとこの聖観音が祀られていました。

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2011年12月16日 (金)

湯の丸 百体観音 第61番「千手観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第61番目は、「千手観音」です。

今日の持物(じもつ)の紹介は「蒲桃(ぶどう)」です。昨日シャルドネ種のぶどうを使った白ワインを紹介したので、ぶどうにしました。

「蒲桃」を持つ手は、木の実・草の実・穀物を得られる力があります。山の恵みを与えてもらえるようですね。

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百番観音の祀られている山道もだいぶ山深くなってきました。山頂の峠までもう少しです。頑張りましょう。

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2011年12月15日 (木)

湯の丸 百体観音 第60番「如意輪観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第60番目は、「如意輪観音」です。

斜めに割れてしまっていますね。痛々しいですが、頑張ってます。

如意輪観音は、立像姿は基本的にあまりありません。この観音さまもお決まりの座像で、頬に手を当てた姿が辛うじて確認できます。

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石がごろごろしている所に祀られていました。変に整備されていない、こんな自然な所の方が趣があって観音さまに合っている気がします。

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2011年12月14日 (水)

湯の丸 百体観音 第59番「十一面観音」

本日の「湯の丸百体観音」の第59番、「十一面観音」です。

なんとなく悲しそうに見えたのは、祀られていた環境でしょうか。

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百番観音の中で一番高い所へと追いやられて祀られてしまった観音さまでした。写真中央に祀られています。文化財をないがしろにした扱いで可哀そうでした。

昨日に引き続き、長い直線の道路脇に祀られています。

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石垣の段切りの間の狭い所に祀られています。自動車での走行では興味がないと、視界に入りません。

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撮影した時期は、こんなきれいな紅葉や・・・・

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こんなきれいな川が有ったのですが、もったいなかったです。

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2011年12月13日 (火)

湯の丸 百体観音 第58番「十一面観音」

「湯の丸百体観音」の第58番目は、「十一面観音」です。

えー。そんな願い事頼まれてもなー。なんて顔をしてませんか?観音さまの表情から勝手に想像させてもらいました。ちょっと失礼だったかな。

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下の写真のどこかに観音さまが居ます。何処でしょーか?

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左端の草むら。それも、石垣の上にあげられていました。たぶん、石垣の分を道路拡張で削っちゃったんでしょうね。坂道は、上へ上へと直線で伸びていました。

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2011年12月12日 (月)

横浜開港の立役者「中居重兵衛」

横浜開港の立役者「中居重兵衛」について夏前に資料を撮り溜めていたのですが、しばらく横浜方面の資料写真を撮る機会がなさそうなので、今回、今までの写真だけで紹介することにしました。

「中居(屋)重兵衛」と聞いても知らない方が大多数だと思いますが、幕末から明治にかけて横浜で海外との貿易を大々的に展開した人です。この人に関しての資料が殆どなく、41歳の若さで謎の死を遂げていることが未知の部分に一層の拍車をかけています。

生まれは、上州中居村(現在の群馬県吾妻郡嬬恋村三原)。中居村の名主の黒岩家に生まれ、武之助と命名されました。成人で撰之助と名乗り、横浜での商いのころには生まれ故郷の中居を取って「中居重兵衛」と名乗っています(以後重兵衛とする)。まるで芸名のようですね。

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生家となっている家は、以前営んでいた旅館「中居屋旅館」の名の入った入口の扉がそのまま残っていますが、現在は一般の民家になっています。実際の生家は、火事で焼失し、その後の建物のようです。この2~300mほど離れたところにお墓が有りますが、撮影していません。

重兵衛の祖父は草津町で温泉旅館を任せられ、父も一緒に仕事をしていたようですが、昔から天下の名湯である草津温泉には各界の名手が行き来していた環境のため、人脈があったようです。中居村の実家でも多岐にわたって商いを展開していたようです。蚕、薬、特に火薬についても草津周辺で材料となる硫黄が大量に手に入るためいち早く扱っていたようです。そんな裕福な環境の中で重兵衛も教養を身に着けていきます。

しかし、父の事業の失敗により散財し、父が家を離れてからというもの生活が一変していきます。田舎暮らしの苦しい生活の中、以前より旅館に出入りしていた名手たちの江戸の話に興味を呼び戻され、周りの反対を押し切り、江戸での勝負に出る決心をします。重兵衛19歳の時でした。

しかし、何の当てもなく江戸に出たのではなく、祖母の再婚先が日本橋の書店であり、そこを頼って行ったようです。祖母は快く面倒をみてくれ、重兵衛も一生懸命書店で働きながら書物を読みふけって勉強しました。

そして、そこで奇遇が幸運の兆しを見せ始めます。書店の近くで「佐久間象山」が塾を開いていることを知ります。佐久間象山は、江戸時代の有名な学者ですが、重兵衛は中居村の旅館で佐久間象山とは面識があり、いくらかの教えも受けていました。佐久間象山は信州の出であるため、江戸との往来に常宿として重兵衛の家を利用していたようです。さっそく象山に弟子入りするとますます教養を身に着けることが出来ました。あの勝海舟も一緒に象山から銃術を伝授されていたようです。

時は欧米の使者が日本へと横行する時代となり、幕府は鉄砲・大砲の装備を余儀なくされました。そのころになると重兵衛は、祖母の本屋から日本橋の商人の店の雇われ人となりますが、 その主人は重兵衛の鬼才稀なる能力を見抜き大番頭に抜擢し、娘を嫁に与え、独立させました。

しかし、重兵衛は故郷を出るときはすでに結婚していて、子供もいたのですが、再三にわたる江戸での同居を断られていました。昔のことですから、故郷を捨て江戸での生活に抵抗があったのでしょう。今でいう重婚となりますが、商売が順調にいくに従い、身の回りの世話をする人も必要だったようです。そんなこともあり、黒岩姓を使わず、中居重兵衛という名で通したのでしょうか。

幕府が造っていた大砲島(お台場)が完成しない状況の中、欧米の日本への接触は増すばかりで、佐久間象山は幕府に対して開国を進言しました。幕府はそれを受け入れ、開国の道へと進んでいきます。

横浜を港とした輸出入は急速に盛んになり、生家から営んできた生糸の売買、商人としての知恵、他にも天性の才能を生かし、日本の生糸の輸出量の半分以上を賄う大商人となっていきます。

横浜に構えた店は、銅御殿と言われるほどの大豪商となりましたが、突如として謎の死を迎えてしまいます。これは、個人の推測ですが、これだけの人物になると各方面から色々な圧力が掛かるのは世の常なので、命を狙われた可能性も充分推測されます。

当時の大名の井伊直助とは敵対関係であったり、「安政の大獄」による開国反対派からもやっかまれていた立場ですからうなずけます。

このような人が幕末に時代の重要なキーマンとして人生を駆け足で生きた人がいたということをちょっと知っていただくと嬉しいです。

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 参考資料

 1991年公開の北大路欣也主演映画「動天」は、中居重兵衛の物語です。

 横浜開港資料館

 中居屋重兵衛店跡

今、黒岩家の7代目は嬬恋村の紹介した生家の近くで、「中居屋」という立派な割烹料理店を営んでいらっしゃいます。 

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湯の丸 百体観音 第57番「十一面観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第57番は、2体の「十一面観音」です。

この観音さまは、「百体観音」のなかで私の好きな観音さまのベスト5に入ります。昨日から百体の紹介が終わるまでブログのタイトルにこの観音さまの写真を載せることにしました。

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こちらの五七番観音も二体の観音さまが祀られていました。たぶん下の観音さまのほうが昔から祀られている古い観音さまだと思います。つぼみの蓮と、頭の菩薩さまが確認できます。

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大きな岩に乗ってますね。左右の石質が違うようですが、左側の岩は大きいのでそうそう簡単に移動できそうもないのでここにあった岩でしょうかね。

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いいお顔してますね。見ているだけで癒されます。

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坂道のカーブの頂点に祀られています。カーブ鏡が有りますが、左端の小さな小屋は、滑り止めの砂がビニール袋に 小分けされて入っています。雪の多い土地柄ながらの風景ですね。      

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2011年12月11日 (日)

湯の丸 百体観音 第56番「聖観音」 「五郎の滝」

今日の「湯の丸百体観音」は、第56番の「聖観音」です。

表情が全くわかりませんね。祀られた時はどんなお顔だったんでしょうか。変化(へんげ)の最中ということにしておきましょうか。

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草に覆われて、まるで草かまくらのようですね。

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「湯の丸百体観音」は、綺麗な清流が所々に流れていますが、「五郎の滝」というかわいらしい滝があります。紅葉の赤と苔の緑、コントラストが綺麗でした。

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2011年12月10日 (土)

草津温泉 夜の湯畑

草津温泉のライトアップされた夜の湯畑を見たことが無かったので、ちょっと出かけてみました。

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昼間と違った幻想的な風景でした。外気温1℃。暖かい草津の湯に浸かりたくなりました。左のあづまやが足湯になっていて、2組のカップルが仲睦まじく足を温めていました。

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湯畑の傍らには「草津山 光泉寺」があります。ライトアップされていたので山門も撮影してきました。

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仁王門のライトアップされた「阿形像」。迫力あります。

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湯の丸 百体観音 第55番「千手観音」

「湯の丸百体観音」の第55番は、「千手観音」です。

「湯の丸百体観音」の船に乗る観音さまは、2体目です。なんかほのぼのとしますね。きっと、昨日の雪で綿帽子を被ってるでしょうね。

埼玉県の秩父市札所巡りの32番札所の「般若山法性寺」は、この姿と同じように船に乗って櫂で漕いでいる観音さまを祀っていて「お船観音」といわれているそうです。

「千手観音」ですから今回も持物を紹介しようと思いましたが、中には「施無畏(せむい)」という持物を持たない手もあるようです。この手は、いかなる場所での恐れも払い去ることができる力があるそうです。

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2011年12月 9日 (金)

ジャズ喫茶 「サッチモ」

久々に軽井沢町にあるジャズ喫茶「サッチモ」に行ってきました。

本業が画家のマスターが趣味で営んでいるこんなかわいいジャズ喫茶です。10人くらい入ると満員です。

この左隣には、マスターの立派な画廊の建物があります。こちらは、趣味の離れといったところでしょうか。

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入口にはこんなかわいいジャズマン達がお迎えしてくれます。

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中はこんな感じです。秘密の小部屋のようで、居心地がいいです。そしてこの方がマスターです。暖かな優しい人柄の方ですよ。

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いつもの「サッチモブレンド」をいただきました。コーヒーも美味しいし、器も素敵です。

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前回は無かった謎のベースが鎮座していました。なんと、「チャールス・モフェット」 ファミリー が使っていたというベースだそうな。さすがマスター 、なかなかやります。

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ジャズを聴きに行ったのですが、終始絵の話に花が咲いてしまいました。とても楽しい一時を有難うございました。今年はクリスマスで閉店だそうです。マスターは、冬は毎年作品に没頭のため冬籠りしてしまいますのでまた春に会いましょう。

こちらの場所は、南軽井沢の信号から南方面(高速インター方面)に進み、72ゴルフ場を通り過ぎると右側にローソンが現れます。そのローソンの右隣の道路へと右折すると(地元では、レイクニュータウン方向と言っています。)十字路が現れます。そこを更に直進するとすぐ、右側にかわいい「サッチモ」さんが現れます。

軽井沢にお出掛けのジャズファンは、是非お出かけください。コーヒー美味しいですよ。

      

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湯の丸 百体観音 第54番「千手観音」

第54番目の「湯の丸百体観音」は、「千手観音」です。

顔も光背もボロボロです。頑張ってますね。

昨日の53番に引き続き「錫杖」と「宝戟」を左右に持っていますが、千手観音は他にも「髑髏杖(どくろじょう)」という骸骨が頭に付いている杖を持っています。これは、全ての荒々しい鬼神を意のままに操れる杖なのだそうです。神様も悪いのが居るようですが、こんなすごいアイテムを持っていれば大丈夫ですね。

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道路の反対側には、綺麗な川が流れていました。

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2011年12月 8日 (木)

湯の丸 百体観音 第53番「十一面観音」

「湯の丸百体観音」の第53番、今日は「十一面観音」です。

「錫杖」「宝戟」「宝珠」そして頭部にはお決まりの十一面、頭頂部には阿弥陀如来と鉄壁の構えです。比較的大きな観音さまなので、細部まで再現されていました。

撮影時、背後の山の木々はまだ青々していました。

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2011年12月 7日 (水)

湯の丸 百体観音 第52番「十一面観音」

本日の「湯の丸百体観音」の第52番は、「十一面観音」です。

この52番も2体の観音さまが祀られていました。小さいほうが古いようですね。ハイキングコースの入口になっていました。観音さまの後ろに「渓流コース」の案内看板が立っています。

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観音さまの後ろにはこんな渓流がつながっていました。ちょっと奥へ進んでみたかったのですが、撮影が目的だったので次回にしましょう。

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こちらが大きな方の観音さまです。「錫杖」と「宝珠」を持ってますね。「錫杖」 は 杖と武器の役目を、「宝珠」は災いを排除し、財宝をもたらしてくれます。この「渓流コース」の山道を杖をつきながら奥深く進んでいくと財宝が有るんでしょうか。そんなロマンにかられました。

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こちらが小さいほうの観音さまです。まるで親子の観音さまのように見えました。

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2011年12月 6日 (火)

湯の丸 百体観音 第51番「千手観音」

今日の「湯の丸百体観音」は、第51番「千手観音」です。

「千手観音」の表示ですが、「聖観音」の姿ですね。ひょっとすると作り替えかもしれません。

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ちょっと高い石垣の端に祀られていました。

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撮影した時期は、紅葉の時期だったのですが、百番観音の湯の丸高原は高低差があるため、低地の青葉から紅葉そして落葉の木と一山が色々な風景で楽しめました。

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山頂を拡大すると紅葉は終わって、落葉の木になっているのが分かります。

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2011年12月 5日 (月)

自然の1コマ/その35 霧氷で山満開

今年の雪は遅いようですが、たまにある冷気の急降下により、寒い朝は高地の山々に霧氷の花が咲きます。まるで、満開の桜のようです。手前の畑には霜が降りています。

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拡大するとこんな感じです。

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湯の丸 百体観音 第50番「馬頭観音」

「湯の丸百体観音」の第50番は、「馬頭観音」です。

「湯の丸百体観音」の紹介もやっと半分の50番目まで来ました。湯の丸の百体観音では「馬頭観音」は珍しいですね。ここの観音さまは、ほぼ等身大の大きさで、人気のない山道の中でにらみを利かせていてなかなか迫力が有りました。見づらいですが、頭の中心の頭頂部に馬が彫られていますね。

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右足を踏み出し、今にも立ち上がりそうでした。側面にも顔があってこちらが右顔(側)です。

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そして反対の左顔(側)です。

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「馬頭観音」は、一般的な合掌の手の合わせ方ではなく、「馬口印」(まこういん)と呼ばれている親指・中指・小指だけ伸ばし、他の人差し指と中指は曲げて組む合掌の形をします。しかし、この観音さまは石仏であるがため、伸ばした中指・小指は欠損しているようですね。

観音さまの故郷、インドのヒンズー教では、ビシュヌという最高神が馬に変化して悪魔に取られてしまった聖典を取り返したという神話があり、そのビジュヌ神が「馬頭観音」の起源だとされているそうです。

「馬頭観音」は、ご覧のような広々とした場所に祀られていました。道路の路肩も広く、撮影も容易に行えました。

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2011年12月 4日 (日)

湯の丸 百体観音 第49番「十一面観音」

今日の「湯の丸百体観音」の第49番は、「十一面観音」です。

ちょっと木陰で表情が読み取れませんね。光背のてっぺんが欠けていました。随分大きな石の上に乗ってますね。

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全国には、国宝に指定されている「十一面観音」は、7体あるようです。その場所は、滋賀・渡岸寺/京都・観音寺、六波羅蜜寺/大阪・道明寺/奈良・聖林寺室生寺法華寺です。全部関西地方なんですね。
中でも滋賀県の渡岸寺「十一面観音」は一際美しいと言われています。この渡岸寺は、比叡山の鬼門とされていますが、その比叡山は、平安京の鬼門とされているそうです。つまり、京の都は、鬼門を二重にブロックしていたんですね。

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2011年12月 2日 (金)

湯の丸 百体観音 第48番「十一面観音」

「湯の丸百体観音」は、第48番「十一面観音」です。

風化によって欠けてしまってます。よく見ると、顔にもヒビが入ってますね。心もち悲しそうに見えるのは私だけでしょうか。

左手には、如意宝珠(にょいほうじゅ)を持っているようですね。これは、厄除けと、衣食住に必要な何でも取り出せる壺です。とりわけドラえもんのポケットのようなアイテムですね。橋の欄干などについているネギ坊主のような形の物は、この宝珠を真似たもので、ネギ坊主のような形なので、如意坊主などとも呼ばれているようです。

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こんな風景の所に祀られていました。左側に居ますよ。

今頃、雪の帽子を被っているかもしれません。

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2011年12月 1日 (木)

湯の丸 百体観音 第47番「如意輪観音」

「湯の丸百体観音」の第47番は、「如意輪観音」です。

木漏れ日の中の思案のポーズは、すやすや眠っているような表情でした。

観音さまにまつわる昔話は沢山あり、人々の生活に根付いた存在だったことが伺われます。如意輪観音の昔話にも「安達ヶ原物語」 という話が有りますので、興味のある方は検索してみてください。

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