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2011年11月 4日 (金)

湯の丸 百体観音 第23番「千手観音」

「湯の丸百体観音」は、「千手観音」が比較的多いのでしょうか。昨日に続き、今日の観音さまも「千手観音」です。

今日の「千手観音」の持物は、宝螺(ほうら)です。ほら貝は、行者が修行に向かう時や、戦国時代の戦の進軍などに吹いたようですが、合図、士気を高める以外に大事な意味があります。それは、天の善神を呼び寄せる合図です。行者は、修行の安全と功徳を、後者は戦の勝利を祈願する意味があったようです。人を傷つけあう戦に神様は来てくれたのでしょうか。武将も、最後は神をも味方に付けたかったのでしょうね。そういえば、「阿修羅(あしゅら)」という戦闘の神が居ましたね。しかし、阿修羅の現れる所は「修羅場」と化すと言われていて、やはり戒めの感が拭えません。阿修羅」は「帝釈天(たいしゃくてん)」といつも喧嘩ばかりしていたらしいのですが、いつも「帝釈天」には負けていたらしいです。喧嘩ばかりしているので、位を格下げされたこともあったらしいですよ。やはり神様は人を傷つける行いに対しては戒めは与えますが、力になってくれそうもありませんね。

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上の観音さまは、23番の2代目です。下の写真をご覧になるとお分かりの通り、相当痛みが激しく、作り直されたようです。いつごろの作り替えなんでしようか。

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頭部が削げていますが、撤去されずに祀られていました。痛々しいですね。

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コメント

喧嘩してた神様のわりに・・・おだやかなお顔(笑)
阿修羅が現れて「修羅場」
なるほどね~
帝釈天といえば・・・やはり「寅さん」しか思い浮かばないのですが、私たち地方の人間は勘違いしていて「浅草、雷門」あたりに帝釈天があり、寅さんが出没してた。と思っていましたら・・・
意外に都心から離れた場所に在るんですよね。

今回も素敵な写真ですね~綺麗だ。
欠けた像も良いですよ。
そのままが良い。
それも、この像の辿ってきたモノですから。
再生されない(変に作り直さない)ところに美を感じます。

投稿: おさかな | 2011年11月 5日 (土) 01時09分

観音さまの持物からほら貝、そして戦闘神「阿修羅」の話になってしまったので、話がそれてしまってでごめんなさい。喧嘩したのは「阿修羅」で、観音さまではありません。阿修羅像は、鬼のような形相で、観音さまのような穏やかな顔じゃないですよね。

風化してしまった千手観音も、おさかなさんのいうとおりコンクリートか何かで、変に修復してしまったら興ざめかもしれませんね。エジプトのスフィンクスも、あの状態が時代の経過や、出来事を物語っているんですよね。

おさかなさんの意見に救われました。

投稿: 浅間通信員 | 2011年11月 5日 (土) 21時09分

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