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2011年8月20日 (土)

中尊寺「金色堂」建立の日

1124年の今日(旧暦)は、岩手県の中尊寺にある「金色堂」が建立された日だそうです。中尊寺は先日世界遺産に登録されて話題になりましたね。以前私もブログで紹介させてもらいました。

建立された時の金色堂は屋外にあったのですが、総金箔張りの建物は風雨による傷みが懸念されたため、しばらくして建物ですっぽりと覆ってしまったそうです。私が訪れたときは、当時の覆っていた木造の建物はなく、強靭なコンクリート製の建物のなかに「金色堂」はありました。歴史的な建物が、コンクリートの建物の中にあったので、ちょっと拍子抜けしてしまいました。どこかの美術館の陳列品のようなたたずまいで、随分がっかりした記憶があります。世界遺産にも登録された建物ですから、将来的には本来の木造の「旧覆堂」と一緒に再現していただきたいですね。しかし、堂内に安置されている仏像はどれもすばらしく、唯一の救いでした。藤原の栄華を反映した立派な供養仏だなと関心したものです。

紹介にあたって、以前訪れた時の「金色堂」の写真を探したのですが、見つけ出せなかったためパンフレットの写真で勘弁してください。私は、旅行の資料は全てスクラップにして整理しています。レシートから入場券、箸袋に至るまですべてが旅行の記録となるからです。旅行前の下調べの楽しみ、旅行中の楽しみ、旅行後の整理の楽しみと、3回楽しませてもらっています。もちろん整理された資料は一生の楽しみとなります。一つ一つの資料は、その時の記憶を鮮明に思い出させてくれます。コレクター癖の最大の特権ですね。

Vcm_s_kf_repr_1094x474          この拝観券に写っている「新覆堂」の中に「金色堂」があります。

Vcm_s_kf_repr_872x595ガラス張りの中に「金色堂」が入っています。仏像の一体一体が見事です。このなかに藤原4代の魂が眠っています。

Vcm_s_kf_repr_822x630 

金色の建物と言えばもうひとつの世界遺産、京都の金閣寺がありますね。この建物も総金箔張りですが、戦後まもなく放火により消失し、現在の建物は復元再建されたものです。この出来事は、三島由紀夫の小説「金閣寺」の題材ともなりましたよね。今でこそ金ぴかな「金閣寺」ですが、放火される前の「金閣寺」は、風雨にさらされて現在のようなきらびやかな建物ではなかったと聞いています。ついでに、銀閣寺の話題もひとつ。金閣寺は金色でその名のとおりなのですが、それではなんで銀閣寺は銀色じゃないの?と思ったことありませんか。諸説あるらしいのですが、これは銀閣寺の外壁が月明りに照らされると銀色に光るところから俗名の銀閣といわれ始めたそうなんです。個人的には、私は銀閣寺のほうが庭も含めて歴史を感じ、シックで好きですね。

まだまだ知らない文化財が沢山あります。一生発見と感動の連続だと思います。次は、何処に行ってみましょうか・・・。

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