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2011年8月 5日 (金)

浅間山 天明の大噴火

1783年(天明3年)8月5日は、浅間山が大噴火した日です。記憶に新しいところでは、1991年の雲仙岳の噴火がありますね。雲仙岳では火砕流により、多数の犠牲者を出しましたが、1783年の浅間山でも、大規模な火砕流が発生し、裾にあった嬬恋村の鎌原部落が飲み込まれて全滅し、多数の犠牲者がでました。

火砕流が発生し、村人は山の上の観音堂へ逃げるように駆け上がりましたが、人口の15%ほどの93人しか助かりませんでした。先日の東北の津波を彷彿させますね。

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現在の観音堂です。観音堂への長い階段は熱泥流で埋もれてしまい、15段ほどを残すのみとなっています。1979年に現存する15段の下を発掘調査したところ、数段下より女性の白骨遺体が折り重なるように2体発見されました。下になっている白骨遺体は年齢が若く、上に覆いかぶさるようになっていた白骨遺体の方が年配だったそうです。お母さんか、お婆さんをおぶって逃げる途中だったのでしょうか、生死を分ける15段の僅か下から発見されています。階段は全部で50段ほどあったとされています。現在は殆ど埋め戻され、そこに、赤い太鼓橋が掛けられています。

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             隣接して、犠牲者の供養観音があります。

観音さまの頭の左上に写っている建物が嬬恋村郷土資料館です。先日、イタリアのベスビオ火山の噴火で犠牲になった古代都市遺跡ポンペイの住民の人型が日本のポンペイといわれる嬬恋村に寄贈され、この資料館に展示されています。   

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コメント

こんばんは。

鎌原の観音堂と言えば小学校のバス遠足。鬼押出し園とセットで。
でも大人になってから改めて行ったときの方がもっと頭と心に
入ってきた気がします。今ある橋の下でどんなことが起きていたのか
実際覗いて想像したときなど。

投稿: rie | 2011年8月 8日 (月) 21時34分

こんばんは。
東北の大震災・津波の被害は、私も浅間山の裾に居住して過去に大災害が発生しているので、他人ごとではない感覚があります。
昨日も、豪雨で吾妻線の川原湯温泉駅まで土砂が押出し、渓谷の道路と鉄道が普通・通行止めとなりました。しかし、新道ができたおかげで国道の機能は維持されました。鉄道は付替え工事が間に合いませんでしたが、付替えが完了すれば、安全な路線になることでしょう。
鉄道、道路の工事が無駄遣いのような言い方をされていますが、半世紀の間整備されなかった状況は、私は遅かったぐらいと考えています。

投稿: 浅間通信員 | 2011年8月 8日 (月) 22時47分

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