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2011年5月14日 (土)

その時、鉄ちゃんは若かった

最近、昔撮った鉄道写真のデジタル化を始めました。残念なことに、40年程経過したネガは、変色、カビ、ホコリ等により想像以上に劣化が進んでいました。そして、素人ゆえのカメラを使いこなせない腕の悪さがそれに拍車をかけています。しかし、過去に戻って撮り直しできないその瞬間を、記録として切り取って残してくれた自分に感謝しています

一枚、一枚整理が進むにつれ、その時の記憶が少しづつ蘇ってきます。折角整理を始めたので、少しづつブログで紹介していくことにしました。

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この写真は、旧高崎第一鉄道機関区内の給炭施設で、石炭を補給している蒸気機関車です。私が鉄道写真を撮り始めたころは、高崎駅北側に隣接されたこの機関区では、まだ蒸気機関車が沢山配属されていました。 しかし、このころから沿線の無煙化が進み、あちらこちらで蒸気機関車のさよなら運転が始まった時期でもあります。

左側に写っているD51 631号機は、その後八高線のさよなら列車で記念列車を先頭で引っ張る大役をはたしました。この時は、D51とC58の重連でした。この列車には実際乗車して写真を撮っていますので改めて紹介します。今日は、やはり乗車して撮った、足尾線のさよなら列車の写真を紹介します。

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C12の重連で牽引された客車から、カーブのたびに乗客たちがカメラを前方に構え、重連の雄姿を撮ろうと、すずなりです。 沿線は、最後の蒸気機関車の姿をカメラに収めようとこのような賑わいでした。この日は、最後のサービスなのか、はたまた前方のカメラマンたちへの警告なのか、汽笛がやたらと多く鳴らされていました。勇壮でもあり、また、最後の運行の嘆きにも聞こえました。

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