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2011年4月 6日 (水)

モータースポーツ発祥の地

私の住んでいる浅間高原の地は、日本のモータースポーツの発祥の地です。今日は、天気がいいので、写真を撮ってきました。

その日本のモータースポーツの始まりは、1955年(昭和30年)に、全日本の公認オートバイ耐久レース(第1回浅間高原レース)として、現在の国道146号線を閉鎖して行われました。このレースに先駆け、サーキット(浅間サーキット)の工事が行われていましたが、この1回めのレースに間に合わず、隣接の公道を使ったといういきさつがありました。第1回目から公道なんて、当時の警察や公共団体に敬服します。

しかし、最高スピードや平均時速はさすがに公表されず、順位のみの発表だったそうです。

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このレースは大成功し、全国のバイクファンは、どのメーカーのバイクが優勝したか、性能が良いのか、への興味へと発展していきました。よって、メーカーは、いかにこのレースで良い成績を収めるかで社運がかかってくるため、各社しのぎを削りました。このころは、日本に十数社もバイクメーカーがあったそうですが、このことにより、メーカーが淘汰される時代へと変換していきます。

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上は、第1回大会のスタート地点です。日本のモータースポーツも、ここからスタートしたんですね。

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上の写真が、現在の浅間サーキットです。第2回より、このサーキットで、改めて本格的にレースが始まりました。この場所が、当時のスタート・ゴール地点です。当時、このサーキットを本格的なサーキットとして、整備建設をする予定でしたが、地権者との折り合いがつかず、また皮肉にもバイクメーカーが淘汰され、ほとんどのメーカーが姿を消す結果、メーカーからの資金繰りも付かなくなり、このサーキットは、なんと数年で幕を閉じてしまいました。

現在は、残された半分のコース(嬬恋村)を地元のモータースポーツ関係者の努力により、ダートトライアルやラリー等の競技に使用できるようになりました。

当時、本田宗一郎氏は、最後のレースを終えて列車で家路につく車中、このままでは日本の車産業は衰退してしまうと嘆き、新たな地に本格的なサーキットを絶対作ると断言したそうです。その努力の結晶が、鈴鹿サーキットです。

当時の浅間火山レースは、現在モータースポーツを背負って立つ高橋国光氏・星野一義氏らも参加していました。モータースポーツの1から知っている人たちだったんですね。

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